まったくモテない41歳独身底辺男が流されるがままに適当に生きながらもがき足掻く日記
(別の記事を書いている途中で青春時代のことを書いていたら予定外に長くなってしまったので、青春編として個別記事にしてみた。)


俺は職場での挨拶ですらどこかぎこちなく、あの子に挨拶しようと思った瞬間から心臓の鼓動が大きくなりやがる。
ただ挨拶するだけなのに。

もう子供の頃からそういう習慣がないからなんだろうな。もう小学生の頃から人見知りの子とそうでない子ってのはくっきり分かれる。

他のクラスなのに関係なくすぐ友達になれちゃうタイプと自分からは話し掛けられないタイプ。
せっかく向こうから話掛けられたとしても人見知りを貫き通す、いつまでもよそよそしい態度を取り続ける(というかうまい応対、付き合い方ができない)タイプ。

俺はもちろん後者。

どこかのタイミングで〇〇デビューとかいって、ちょっと髪を明るく染めたり垢抜けた服装をしたところで、周りの評価や自分の意識が多少は、あるいは一時的に陽の方へと傾くが、根本的な部分はまったく変わっていないので、ちょっと話す関係になればすぐ見抜かれる。

親のせいにはしたくはないが、よく芸能人なんかで芸能界に入ったきっかけは、子供の頃はすごく引っ込み思案で人見知りが激しかったが、それを危惧した親がその人見知りと引っ込み思案の性格を改善するために劇団とか芸能事務所に入れたことがはじまり、みたいなことをよく聞く。

まあしかしそんなのはおそらく稀で、自分の息子が内気で暗かろうがオタクだろうが、学校で問題を起こさず特に落ちこぼれでもなければ、そんな性格について将来を憂いる親の方が少ないのかもしれない。

でもそういう性格というものは、遅くとも10代前半くらいになんとかしておかないと、高校に入ってからではもう手遅れだ。いや、俺なんかは性格の基本的な部分は、中学1年のときからほとんど変わっていないし変われなかった。

それでも中学時代は運動部に所属しており、また当時は足が早くて体育祭でリレーの選手に選ばれたりしていたので、その一生懸命走る姿に騙されたのか中学2年のバレンタインデーのときに初めてチョコを貰った。

その流れで3年のときにもチョコを貰ったが、今までの人生の中で、付き合ってる女以外、または職場の義理チョコを除いてチョコを貰った経験というのはこの2回だけだ。

ちなみにチョコを貰ったからってその後付き合ったり仲良くなったりなどすることもなく、また自分の好きな子、ルックスのいい子からもらったわけでもないので、嬉しいことは嬉しいが、別にどうということもなかった。
性欲はもちろんあったが、同級生の女とヤリたいとかそういう感情はほとんど無かった。

まあモテ期というものがあるとすれば、今思えばこの時期が人生最初で最後のモテ期だったのだろう。


高校時代は酷いものだった。帰宅部、大人しい性格、地味でかつ老けたルックスだったため、女の子から声を掛けられることなどなく、当然自分からも話掛けるようなこともなく、手すら握ったこともない、というかこの3年間の生活丸ごとほとんど記憶にないほど、思い出もなにもない灰色の青春だった。

だからといって勉強に打ち込むわけでもなく、というかそんな悶々とした日々だったからなおさら糞つまらん勉強などする気などなく、金があればパチンコ、家ではゲームばかりしていた。

そして高校卒業後浪人生活に入るわけだが、この1年間がニート気質、根暗気質、引っ込み思案気質をさらに強固なものにした。

予備校の本学生(毎日通う生徒)は何十万と金が掛かるからと、単科授業という90分1コマの授業を確か3つ取って、予備校には週に2日だけ通っていた。授業形式は大学の授業と同じような感じだ。

そして授業が終わったら誰ともしゃべらずひとりでゲーセンにいってゲームして帰るという孤独な生活を続けていた。

予備校の日以外の5日はほとんど外出するようなこともなく、一応家で勉強していたということにはなっているが、みっちり集中して勉強をしていたという記憶も無く、やってはいたのだが元々勉強は嫌いだったので、ちょっとやっては休んでみたいなことをくり返していたんだと思う。

ただ今みたいにパソコンもなければ携帯もなくネットも無かったので、情報源はもっぱらテレビだった。
一応受験生ということでゲームは封印していたので、勉強をさぼってはダラダラとテレビを見ていた。

そしてこの頃のテレビは今と違って面白く、またこの年は阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件があり、とくに後者はその後のゆくえがどんなドラマよりもドラマチックかつ衝撃的で、某幹部達が昼間に記者会見したり朝まで生テレビに緊急出演したり、捜査員が物々しい毒ガス対策装備をしながらガス検知用のオリに入れられたカナリアを持ってサティアンに突入するなど、不謹慎ではあるが近くにテレビがあったら観ずにはいられない状況が続き、勉強そっちのけでちょくちょくテレビを観ていた。

とにかくこの年は、事件が収束する秋頃までは、テレビを点ければ朝から晩までこの事件のことをやっていた。

他にもプロレスや歌業界も全盛期で面白く、夜中の番組も面白いものが多かった。


こんな感じで1年間、家族以外はほとんど誰ともしゃべらずに家に引きこもってテレビを観る合間に勉強をして過ごした。

あの1年間はほんとうにしゃべらなかった。予備校に行ったときに駅などでたまたま出会った同級生と少し立ち話をした程度だ。

誰とどこでどの程度話したかを今でも覚えてるくらい、他人と会話するということが特別な1年だった。


19歳というもっとも多感で若さと青春に満ち溢れた時期を、この引きこもり生活によって棒に振った。


(つづく)
スポンサーサイト




【2012/02/24 19:50】 | 自己紹介
トラックバック(0) |

管理人のみ閲覧できます
-


コメントを閉じる▲
コメント
この記事へのコメント
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2012/02/28(Tue) 21:02 |   |  #[ 編集]
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック