まったくモテない41歳独身底辺男が流されるがままに適当に生きながらもがき足掻く日記
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とにかく木の根の階段を登っていくしかなかった。
さっきまで定期的に出てきた木札の標識も現れなくなった。
というより周りに人工物と呼べるものは無くなっていた。
木の根の階段もより一層厳しくなり、いつのまにか手を使いながら登るようになっていた。

俺は昔20代の頃好奇心で友人と富士山の樹海に入ったことがあるが、真昼間でも山に入って短時間で遭難する感覚というのをその時体感していた。一応獣道のような、歩けるところを歩いてきているのだから帰りはただそこを引き返せばいいじゃないか、とたいがい思うところだが、しかし樹海では中に入って歩いてものの15分やそこらで外の音は遮断され、周りの景色は一様に同じように見える。
そして後ろを振り返れば、獣道と認識して歩いてきたはずの道は、360度似たような獣道だらけのうちの1本にすぎなかったことに初めて気づく。つまりそれは道でもなんでもない、なんの方向性も示さない樹海の風景の一部にすぎないのだ。
そうやって樹海ではいとも簡単に遭難できる。もちろん俺らはその時、木に目印やらスズランテープやらを持って入るなどそれなりの準備をして入ったわけであるが。
一応俺にもこういった経験があるので、山ではいとも簡単に遭難に陥ることは少なからずわかっていたので、これはいよいよ方向性がわからなくなってきたな、と思ったら素直に下山しようという心積もりは持ち合わせていた。

なので、フゥーフゥー夢中になって登りながらも、絶えず後ろを振り返り、今来た道に風景の変わりがないこと、諦めたらそのまま引き返せば元の場所に戻れることを確認しながら登っていた。
とはいえ装備面、事前情報等無謀なことには変わりはない。その辺は重々承知の上で今このブログを書いている。
なのでこのようなマネはしないでいただきたい、と一応断りを入れておく。

さて登山の話に戻そう。この木の根の階段ていうのがとにかくいつまでも続く。そして階段ていっても天然の階段だからその高さの幅が当たり前だが一定ではなくけっこう高いところをよいしょ!と登らなくてはならないところやら、もう折れそうな根っこが踏み場になっている段差を注意しながら登ったりととにかく疲れる。これだったら高台にある神社なんかの何百段とかの階段を登った方がはるかにラクだろう。

しかも依然としてここは登山道じゃないんじゃないだろうか?という疑念は晴れない。後ろを振り向いてもいっこうに登山者の姿は見えない。最近の登山者はけっこう高齢者もいるみたいだが、こんなアドベンチャーしながら登ってこれるのか?と思う。
そして息切れがハンパなくなってきた。少し登ったら休まなくてはならなくなってきた。さらに登る気はあるのに、太腿が上がらなくなってきた。意思とは裏腹に思うように力が入らないのだ。普段慣れていないこのような連続した登り階段を連続して登ったものだから、太腿の筋肉のグリコーゲンとやらが枯渇した可能性がある。

それでもなんとか休み休み、ごまかしごまかし登っていくと、ここであまりにも衝撃的かつこのシチュエーションで見たくない看板が立っていた。

「この先は登山道ではありません。ここから先には行かないでください。」

と書かれていた。
やはりそうだったのだ。俺はどこかの地点で登山道ではない獣道に入ってきてしまったのだ。
俺は頭のどこかでそれを薄々感づいていながらもごまかしごまかしここは登山道なのだ、なぜならここにくるまで標識通りきたからだ、分岐点らしきものはなかったはずだ、と自分に言い聞かせ、ひたすらに木の根のみで形成された階段を登ってきた。

とはいえ、であれば、もっと先に少なくとも木の根階段に差し掛かる前にこの看板立てとけよ、もう危険な思いして相当登ってきちまっただろうがアホが!と見えぬ小鳥のさえずりしかしない静かな山中で独り憤りと虚無感を覚え、もはやこれまで、初一人登山失敗、潔く撤収しよう、と思った。
ちなみにあまりにショックだったため、この立て看板の写真を撮るのを忘れてしまった。

今まで散々野放しだったくせにここに来てこうやって唐突に「この先には行くな。ダメ、絶対。」とか言われると今までは感じなかった冷酷な恐怖心が沸々と募る。そして今まであえて考えないようにしていたかもしれないkumaとかいうクリーチャーの存在が脳裏を横切る。

今ここでクリーチャーに出くわしたら、すでに疲れきって息が上がっている俺はなんの抵抗もすることなく、なすがままにされるだろう。そして昔観たジョージ・A・ロメロ監督のゾンビ映画のように、自分の太腿やら内蔵やらをこのクリーチャーにえぐられ喰われるのを見ながら、俺は丹沢の風となるのだ。

でもなんか諦めきれない、というか腑に落ちないというか。まあ確かに足元を見ればすでにそれは山道というにはあまりにも野性的、超自然的ではあるが、しかし木の根階段以前にそれらしい別の道があったようには思えず。でもまあ遭難てのは得てしてこうやって遭遇するんだろうな・・・

そしてもう一度その立て看板を見てみる。・・・・・・ん?これってもしかしてこの立て看板の裏(見ようによってはわずかに獣道らしきものになっている)には行くなよ、っていうことなんじゃないか?とちょっとポジティブに考えてみる。とはいえ、これまできた木の根階段のその先はその先でもはや崖状になった垂直木の根階段みたいになっている。うーむどうしたものか。


(つづく)



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【2017/08/21 01:58】 | 登山
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