まったくモテない41歳独身底辺男が流されるがままに適当に生きながらもがき足掻く日記
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そんなだから1995年、19歳の記憶というものがほとんど無い。

その春、別に行きたくもなかった地方の三流大学に行くことになった。
一生消えることのないコンプレックスがまたひとつ加わった。

その大学へは実家から確かdoor to doorで2時間くらい掛かった。
それでサークルだのバイトだのやってる暇はなく、それでも途中下車駅や地元の駅周辺などでコンビニのバイトの面接とか受けるが、ことごとく落とされた(対人能力の欠落を見抜かれたのが主な原因だろう)。

そんなだから大学で友人などできるはずもなく、大学に行って講義に出て帰るだけみたいな、浪人時代の予備校の授業を受ける感覚となんら変わりはなかった。

友人というか、会えば挨拶くらいは交わすというレベルの知り合いは、この大学では1年次からゼミがあり、大学入学前にオリエンテーションと称してある場所に一泊二日で研修(といっても何をするでもなく顔見せというか、友達作りが目的みたいなもの)したときに一緒に寝泊りした2,3人だけであり、結局卒業までこれ以上増えることはなく、授業やテストの情報を得たり、ノートの貸し借りということがごく限られた授業でしかできなかったため、そういった意味では単位を取得するのに苦労した。


とくに目的もなく大学に入った。とくに学びたいこともなく、将来とくにやりたい仕事もなく。

ろくに大学のことなど調べもせずただ漠然と、とりあえず大学を出ておけば少しくらい就職には有利、くらいにしか思っていなかった。

親は親で大学がどういうところか、あるいは何を学ぶところかもよく知りもせず、また就職したときに大卒と高卒じゃ給料が違ってくるだのといった、高度経済成長期の古き良き日本の典型的な終身雇用企業のイメージを持っているくらいで、今の時代はとりあえず大学くらいは出ておかないと、みたいな今となってはとうに時代遅れの認識でしかなかった。


とは言うものの、大学時代、若いときにこれだけはやっておけとか、できるだけ色々な場所に行っておけとか、色々な人と出会っておけみたいな、人生の先輩としての若者へのアドバイス的なことは一切言うことはなく、夏休みに入ると親はしきりとバイトしろと言い出した。
高校の頃はあれほどバイトはダメと言っていたくせに。

俺も金が無いし、できることならバイトをしたかったが、実家が田舎なもので周囲でバイトを募集しているところもなかなか無く、たまに募集しているコンビニに応募してみても、地方のコンビニのバイトの競争率が高いんだか、それとも俺が社会不適合者なのかでとにかく採用の電話が来ることはなかった。

ちなみに35歳の現在まで本物のレジを触ったことは一度も無い。

結局こういう人間はダークな仕事しかなかった。まだ青春真っ只中の20歳なのに、夜な夜な閉店後の店舗の掃除とか、夜な夜な公共の電柱に雀荘の広告のビラ張りとかそういうリタイヤした日雇い労働者がやるようなバイトしか採用されなかった。


夏が終わるとまた大学の授業が始まるわけだが、とにかく女との接点が無かったし、俺から接点を持つ術もなかった。

というか、こんな三流大だから周りにいる女はほとんど現役、つまりひとつ年下、19歳なわけで、それでもなにか自分よりとてつもなく大人に見えた。

そんな自分よりも大人でキラキラ輝きまくってる女に、地味でブサイクでデクノボウなだけの俺が何の理由もなくそんな女に声を掛けられるはずもないし、掛けられるわけもなかった。


なにか違和感があった。自分が彼女ら、または彼らと同年代という感覚がなかった。

自分が「若者」という感じがしなかった。容姿が老けていたことと、服装がダサかったというのもあっただろうが、もっと根本的なものがすでに若者ではなかった。

自分がどのようにして「若者」になればいいのかもわからなかった。


また、急速に茶髪が市民権を得たのもこの頃で、テレビの女子アナなんかにまでみんな茶髪になっていったのもこの頃からだったと思う。

日焼けサロンもこの頃やたらあちこちにできていた。男のロン毛、ピアスも流行った。
つまりそういういわゆるチャラ男がやたらモテた時代であった。

チャラ男の要素のすべての真逆をいっていた俺は当然箸にも棒にもかからなかった。
それに加え、すでに自分の容姿に対するどこか諦めがあり、この頃の俺は男も結局容姿がいい奴だけがモテるという考えで凝り固まっており、恋愛など端から放棄していた。

とにかく同世代の若い女がとてつもなく遠い存在に感じた。


この時代繁華街ではナンパは今なんかよりももっと頻繁に行われていた。
各地にいわゆる引っ掛け橋のような、男も女もナンパ目的で来る場所、明確なナンパスポットというものが存在していた。

または新宿や池袋など、夜になると今とは比べ物にならないくらい、ナンパ師が現れナンパが行われていた。

その頃の俺は、そんな行為を横目にナンパとはまったく無縁の存在だと思っていたし、ナンパができる人間は並以上の容姿、それと並以上のユーモアと対話能力が備わったものだけができる、いわば選ばれし者だけができる特権だと思っており、そうではない人間が路上でナンパなど行うことは許されない行為だと思っていた。

まさかその地で10年以上も後、自分が三十路も中盤になった頃にナンパをしていようなど、この頃の俺はまず夢にも思っていなかった。


1年修了時、すでに大学の単位はギリギリであった。
大学まで遠いせいもあって、1限の授業などほとんど出られなかったし、早起きしてまで出る情熱もなかった。

けっこう単位を落としまくった。ギリギリ2年には上がれるがそれから先4年までみっちり単位を取らないと卒業できないレベルであった。

しょうがなく、いや、むしろこれをいい口実として、親から大学の近くで一人暮らしをさせてもらう承諾を得た。
もちろん大学に通いやすくなるという理由が一番だが、やはり一人暮らしというものに憧れもあった。


この時点ではまだ、童貞であった。
20歳にして童貞、10代で経験することができなかった。
こんな冷めた俺でも、少なくとも焦る気持ちもあった。


(つづく)


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【2012/02/29 16:21】 | 自己紹介
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はじめまして。
内容が深いですね。小説を読んでいる感覚です^^
つづきが気になります(>_<)


たまたま
たしかに、おとなしくて真面目な子って将来小さな挫折が大きな傷になったりしますよね。
あと、大学はたしかに行かなくてもいいですよね。特に文系なんか要らないです。


ハーバードナンパスクール佐藤エイチ
続きを楽しみにしていますね♪


タンクローリーに乗りたい
当方、指定教習所で11m大型一種を取得しました。
将来的にタンクローリーを転がすにはどの道が一番でしょうか?

まず大型トラックで経験積む、けん引一種取りに試験場通う、指定教習所でとりあえず取ってしまうなど選択肢があると思います

ちなみにナンパの一発試験なら通ったことあります


ライタン
>皇さん
はじめまして。
ありがとうございます。
実は書きたい記事が溜まっているのですが、時間が無くてなかなか更新できない状態です・・・
できるだけ早く更新していきたいと思います。

>たまたまさん
文系はただ大学に通ってるだけじゃ何も身につきませんからね・・・
遊ぶなら遊ぶで海外行ったりそれこそナンパにいそしんだりと徹底的に遊び倒さないとダメですね。

>佐藤エイチさん
毎度コメントありがとうございます。

>タンクローリーに乗りたいさん
《将来的にタンクローリーを転がすにはどの道が一番でしょうか? 》

とのことですが、まず
・大型一種免許
・けん引免許
・危険物取扱者乙4

を取得してください。
大型一種は持っているということなので、あとの二つを自分で取得しておいてください。

あとは、大型未経験でも採用してくれる会社はありますので、ハローワークやネットで探してみてください。
それらで良い募集がなかったら、ローリーを扱っている運送会社を調べて募集しているかどうか直接電話してしまうのが意外と良い方法です。

ちなみにオイラは大型はまったく未経験から採用されました。

でも、いきなりトレーラーは乗せてもらえないし、乗りこなすのも無理です。あれだけは免許取ってからも多少練習が必要です。

ではがんばってください。



たまたま
いやいや文系で遊んでたら死にますよw
バブル時代はそれで良かったですが、今はその遊んでた連中がリストラされてます。

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(別の記事を書いている途中で青春時代のことを書いていたら予定外に長くなってしまったので、青春編として個別記事にしてみた。)


俺は職場での挨拶ですらどこかぎこちなく、あの子に挨拶しようと思った瞬間から心臓の鼓動が大きくなりやがる。
ただ挨拶するだけなのに。

もう子供の頃からそういう習慣がないからなんだろうな。もう小学生の頃から人見知りの子とそうでない子ってのはくっきり分かれる。

他のクラスなのに関係なくすぐ友達になれちゃうタイプと自分からは話し掛けられないタイプ。
せっかく向こうから話掛けられたとしても人見知りを貫き通す、いつまでもよそよそしい態度を取り続ける(というかうまい応対、付き合い方ができない)タイプ。

俺はもちろん後者。

どこかのタイミングで〇〇デビューとかいって、ちょっと髪を明るく染めたり垢抜けた服装をしたところで、周りの評価や自分の意識が多少は、あるいは一時的に陽の方へと傾くが、根本的な部分はまったく変わっていないので、ちょっと話す関係になればすぐ見抜かれる。

親のせいにはしたくはないが、よく芸能人なんかで芸能界に入ったきっかけは、子供の頃はすごく引っ込み思案で人見知りが激しかったが、それを危惧した親がその人見知りと引っ込み思案の性格を改善するために劇団とか芸能事務所に入れたことがはじまり、みたいなことをよく聞く。

まあしかしそんなのはおそらく稀で、自分の息子が内気で暗かろうがオタクだろうが、学校で問題を起こさず特に落ちこぼれでもなければ、そんな性格について将来を憂いる親の方が少ないのかもしれない。

でもそういう性格というものは、遅くとも10代前半くらいになんとかしておかないと、高校に入ってからではもう手遅れだ。いや、俺なんかは性格の基本的な部分は、中学1年のときからほとんど変わっていないし変われなかった。

それでも中学時代は運動部に所属しており、また当時は足が早くて体育祭でリレーの選手に選ばれたりしていたので、その一生懸命走る姿に騙されたのか中学2年のバレンタインデーのときに初めてチョコを貰った。

その流れで3年のときにもチョコを貰ったが、今までの人生の中で、付き合ってる女以外、または職場の義理チョコを除いてチョコを貰った経験というのはこの2回だけだ。

ちなみにチョコを貰ったからってその後付き合ったり仲良くなったりなどすることもなく、また自分の好きな子、ルックスのいい子からもらったわけでもないので、嬉しいことは嬉しいが、別にどうということもなかった。
性欲はもちろんあったが、同級生の女とヤリたいとかそういう感情はほとんど無かった。

まあモテ期というものがあるとすれば、今思えばこの時期が人生最初で最後のモテ期だったのだろう。


高校時代は酷いものだった。帰宅部、大人しい性格、地味でかつ老けたルックスだったため、女の子から声を掛けられることなどなく、当然自分からも話掛けるようなこともなく、手すら握ったこともない、というかこの3年間の生活丸ごとほとんど記憶にないほど、思い出もなにもない灰色の青春だった。

だからといって勉強に打ち込むわけでもなく、というかそんな悶々とした日々だったからなおさら糞つまらん勉強などする気などなく、金があればパチンコ、家ではゲームばかりしていた。

そして高校卒業後浪人生活に入るわけだが、この1年間がニート気質、根暗気質、引っ込み思案気質をさらに強固なものにした。

予備校の本学生(毎日通う生徒)は何十万と金が掛かるからと、単科授業という90分1コマの授業を確か3つ取って、予備校には週に2日だけ通っていた。授業形式は大学の授業と同じような感じだ。

そして授業が終わったら誰ともしゃべらずひとりでゲーセンにいってゲームして帰るという孤独な生活を続けていた。

予備校の日以外の5日はほとんど外出するようなこともなく、一応家で勉強していたということにはなっているが、みっちり集中して勉強をしていたという記憶も無く、やってはいたのだが元々勉強は嫌いだったので、ちょっとやっては休んでみたいなことをくり返していたんだと思う。

ただ今みたいにパソコンもなければ携帯もなくネットも無かったので、情報源はもっぱらテレビだった。
一応受験生ということでゲームは封印していたので、勉強をさぼってはダラダラとテレビを見ていた。

そしてこの頃のテレビは今と違って面白く、またこの年は阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件があり、とくに後者はその後のゆくえがどんなドラマよりもドラマチックかつ衝撃的で、某幹部達が昼間に記者会見したり朝まで生テレビに緊急出演したり、捜査員が物々しい毒ガス対策装備をしながらガス検知用のオリに入れられたカナリアを持ってサティアンに突入するなど、不謹慎ではあるが近くにテレビがあったら観ずにはいられない状況が続き、勉強そっちのけでちょくちょくテレビを観ていた。

とにかくこの年は、事件が収束する秋頃までは、テレビを点ければ朝から晩までこの事件のことをやっていた。

他にもプロレスや歌業界も全盛期で面白く、夜中の番組も面白いものが多かった。


こんな感じで1年間、家族以外はほとんど誰ともしゃべらずに家に引きこもってテレビを観る合間に勉強をして過ごした。

あの1年間はほんとうにしゃべらなかった。予備校に行ったときに駅などでたまたま出会った同級生と少し立ち話をした程度だ。

誰とどこでどの程度話したかを今でも覚えてるくらい、他人と会話するということが特別な1年だった。


19歳というもっとも多感で若さと青春に満ち溢れた時期を、この引きこもり生活によって棒に振った。


(つづく)



【2012/02/24 19:50】 | 自己紹介
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SH350204.jpg

ここにきて体の調子が芳しくない。

まず歯。ある箇所が前々から怪しいと思っており、とくに痛みはないものの違和感を感じたり、出血が続いたりしていた。

そういえば新宿でナンパの後に風俗に行った時の嬢が現役の歯科助手らしく、話題は歯医者の話になり、虫歯の患者は口臭でわかるなどといい、オイラとキスなどをした際にその臭いを感じたのか、オイラが「俺もそろそろ歯医者いかなくちゃな、怪しいのがあるんだよなー」とか言ったら、直接虫歯の臭いがするとは言わなかったが、しきりに早く行った方がいいよ、とか言い、表情などからオイラから虫歯の可能性を感じていることが見て取れた。


しかしまあ、歯医者はコンビニより多いと言われているほどあちこちにあるが、いい加減なところも多い。

数年前に若い女歯科医に神経を抜かれ、だが神経を抜くときに途中で途切れてしまったのかその後痛みがずっと残り、その痛みは後頭部の方まで及び、いくらそこで治療しても一向に快方には向かず、別の歯科医院にて治療をしてもらうが3ヶ月くらい通ってもここでも快方せず、偏頭痛も治らず、サジを投げられ、ある大学病院の先生を紹介され、そこで3ヶ月くらい治療してやっと治ったということがあった。

また、別の医院では、奥歯でけっこう大きめの虫歯があり、レントゲンを撮ったあと次回神経を抜きましょうとかたやすく言いやがり、もう前みたいなのは勘弁だったので、その大学病院の先生に診てもらったら神経を抜かずに1回の治療で済んだ、なんてこともあった。


で、オイラの生活圏内でまだまともな歯科医と出会ってないわけだが、かなり不安ではあるが飛び込みで適当な医院に行くしかない。

ちなみに歯科医院にも口コミサイトがあるが、そのサイトで選んだ医院がその神経を抜くのに失敗した医院だった。

まあ食べログなどでも昨今話題になっているステルスマーケティングってやつだ。
こんなのもう昔からあるよな。

だから今回はもう完全に飛び込みで行くことにした。


後日適当に選んだ(といってもHPで医院の雰囲気はチェックしていたが)歯科医院に行くと、担当の歯科医はまたオイラより若く、20代とも見える男歯科医だった。
前回のこともあり、その若さには不安がよぎる。

気になっていた歯はやはり虫歯になっていた。治療は次回ということになった。


歯が終わると今度は内蔵のある箇所に痛みがあった。
もう1週間近く続いているので、先日ある総合病院に行った。

3時間以上待たされた挙句、出てきた担当医はこれまたオイラより若く、20代とも見える男内科医だった。
顔など雰囲気が今風で少し口髭を生やしており、金のネックレスをちらつかせていた。

ベッドに寝かせられて触診されるが、それによってとくに痛いところも無く、尿検査と採血のほか、念のためCTも受けていくかと言われたので受けていくことにした。

結果は後日。診察と検査合わせて1万掛かった。
でもまあこの歳になって人間ドックなどまだ受けたことがなく、会社でやってる移動検診みたいなのはいい加減なので、こういうのは機会があれば受けた方がいいだろう。


しかしほんと、以前にも書いたかもしれないが、オイラ年に数回はこういう体調不良がおとずれる。
まあ歯はしょうがないにしても、内蔵とか器官とかの痛み・違和感があって、それが1~2ヶ月とか続いたりもする。

原因のひとつに、不規則な肉体労働を強いられてることなのは間違いないだろう。
寝不足状態が続くのもよくない。口内炎やら吹き出物みたいなのがよくできたりする。


あとは加齢だ。オイラ今年で36歳になる。立派な中年だ。
治癒能力・回復能力も落ちていっているのだろうし、いつ成人病になってもおかしくない年齢に差し掛かったということだ。


そういえば歯科医院と総合病院で関わった人達を見てみると、

歯科医院の受付、歯科助手または衛生士、歯科医、
総合病院の受付、看護士、医師、尿・採血受付、CT受付、レントゲン技師、会計

全員オイラより年下だった。
唯一、採血した人が50歳前後くらいの女性だったが。

その辺のスーパーやら飲食店やら服屋やら美容室のスタッフで関わる人間もすでに年下の割合の方が多いが、しかし医療関係の現場の人間がこう年下ばかりになってくると、さすがにちょっとショックだったりする。特に男性スタッフも年下というのが。

なんか初老にでもなった気分だった。




(画像はブログの内容と一切関係ないが、オイラがこの時期酒の肴としてよく食べる冬季限定生産の寒締めちぢみほうれん草。冬の寒さにさらす『寒じめ栽培』という方法で育てられるため、厚めの葉の表面に縮んだようなシワが入るのが特徴。霜を当てることで、ぎゅっと葉が引き締まり甘みが凝縮されるので、一般のほうれん草よりもうまみや甘みに優れ、アクも少なく、美味。)



【2012/02/07 17:35】 | 日常
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ハーバードナンパスクール佐藤エイチ
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