2018/02/09

神保町

話が前回の「塔ノ岳は二度死ぬ」の続きとなるので、約半年前の話となって申し訳ないのだが、しばらくはこの半年間の出来事を中心に書いていきたい。

前回の塔ノ岳登山の後、1週間ほど足の筋肉痛が続き、登山はもういいやと思ったものの、足の筋肉痛が和らぐにつれ、山の魅力に少しずつ取りつかれている自分がいた。

それになにか悔しかった。運よく怪我も無く下山できたものの、あれはおまえが右も左もわからない初心者だからってことでお情けで無傷で下山させてやった、そんな感じだった。

また、別の山を登山してみたい、とも思った。しかし今度は万全の準備をもって臨みたいと思った。
そしてできるだけはやいうちに登りたいと思った。というのも、前回5月でタオル1本ビチャビチャになるほど汗を掻いたから、本格的な夏が来るまえに一度登っておきたいと思った。

しかし兎にも角にも、ザックからシューズから服からなにから、登山グッズをほぼいちから揃えねばならない。
前回の登山から流用できるものといったら帽子くらいしかない。なので、まずは登山のマストアイテムであるトレッキングシューズとザックを選ぶことから始めた。

とにかくもう、この時点ではこういった登山グッズの知識は皆無であったから、ネットで調べたり、登山グッズの本を購入してそれを参考にしたりした。
そしてある程度目星がついたら店に行くわけだが、とりあえずショッピングモールなんかにあるスポーツデポ的なところに行ったりはしたが、登山グッズはあるにはあるのだが、いまいち種類が少ないような気がした。

特に俺の足は28.0~29.0cmとかあるので、サイズが28.0cm以上ないモデルはまず除外され、またトレッキングシューズとなると28.0cmでもピッタリ過ぎるというか、トレッキングシューズは1cmくらい余裕があってもいいくらいなので、28.0cmでは駄目なのである。
なんとも厄介な、足がデカくて良いことはまずひとつもない。俺の長年の悩みのひとつである。
結局、今回もトレイルランニングシューズを買った神保町のお店にお世話になることにした。

前回トレイルランニングシューズを神保町に買いに行ったときは神保町についてはとくに触れなかったが、実は神保町に行ったのはあれが人生初であった。
俺は、若い頃は都内だと渋谷、新宿、池袋、上野、秋葉原などにはしばしば出没し、それらはそこそこ土地勘もあるのだが、神保町はまず行ったことも、行くような用事もなかった。

これまでの俺の神保町のぼんやりとしたイメージとしては、街並み的には秋葉原の延長線上的な、なにか雑然としてどこか湿っぽい、それでいて古書店が並ぶ、地味、紙カビ臭い、そんなイメージだった。言ってみれば、まだアニメやゲームだらけになる前の、ひと昔かふた昔前の秋葉原の、電気店やPCパーツ店の代わりに古書店が入ったような街、そんな感じをイメージしていた。
だが、実際に行ってみるとだいぶイメージしていたのとは違っていてもっと洗練されていた。
なんか古書店というと雑然としたイメージであるが、神保町の街並み自体は雑然というよりむしろ整然としていた。

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古書店がまとまって点在しているというよりも、古書店の他に飲食店やスポーツ用品店がブレンドされて点在しているので、秋葉原の「ザ・電気街」のように「ザ・古書店街」という様相ではない。
だからといって池袋や新宿、渋谷の繁華街のように猥雑さはなく、雰囲気としては大手町が近いこともあってか繁華街というよりもオフィス街に近い。

また周辺環境も大手町や皇居、九段下に近く、店が多く軒を連ねている街にもかかわらず、町全体としては静かで落ち着いた雰囲気を持っている。

俺はまずはシューズを買おうと思い、スマホで調べた神保町のトレッキングシューズ専門店を何店舗かピックアップし、とりあえずその近くまで車を走らせた。
近くにいけばコインパーキングかタワーパーキングがすぐ見つかるだろうと思ったが、案外無く、コインパーキングはあっても4台しか置けないとか、しかも満車とかそんなのばっかりでグルグル回っていたが結局めぼしい場所がなく、しょうがないので人生で初めて路上パーキングなるものを使ってみた。

路上パーキングというのは都心や繁華街なんかでよく見かける、道路に枠が書いてあって、その歩道側にメーターのようなものが立っていて、なんかそこに駐車料金だかを入れるようになっているようなアレである。
俺は今までアレを利用したことがなく、仕組みもよくわからなかったが、とりあえずあの枠に車を停車させて、そのメーターに書いてある説明書きをまじまじと読んだ。

で、あれの仕組みだが、前金で300円とか支払うとメーターにカウントダウンの分数が表示され、60分までなら駐車違反の対象にならないらしい。しかし60分過ぎたらその前金の効果は無くなり、あとは切符切られてもシラネってことらしい。
まあとにかくほかに停めるところがないので、共立女子大学の近くにあるこの路上パーキングに駐車してトレッキングシューズ専門店へと向かった。

このトレッキングシューズ専門店は親切で、自分は初心者ということと、だいたいどのくらいの山に登るのかってことを伝えれば、後は自分の足を測ってくれた上で最適なシューズをいくつか持ってきてくれる。それを、貸してくれる登山用ソックスを履いた上で履き、あとは店内にある山道を模したデコボコした坂道を上がったり下りたりして試し履きをすることができる。と同時に店員のアドバイスもあるので、あまり迷うこともなく購入に漕ぎつくことができる。初心者には本当にありがたい。

ここでシューズを買った後、別の店舗でザックとストック、登山用のパンツと半袖シャツとウインドブレーカーやらタオルなど、一通り揃えた。
で、事前情報として、登山は意外と金が掛かる、スキーやスノボーなんかより全然掛かる、昔は金持ちの道楽だったなどといった情報を散々目にしていたので覚悟はしていたのだが、まあ10万コースだった。
まあザックとシューズだけでまず5万くらいいくし、ウェア類がいちいち高い。半袖シャツでも1万円弱くらいだったかな。あとは1万円以内で買えるものなどない。まあそれだけ機能面でよくできているのだけれどもね。

でもなんか山グッズの買い物って楽しい。俺は買い物自体面倒なのであまり好きではなく、とくに衣類の買い物は試着したり店員と会話したりするのが面倒なので正直嫌いなのだが、山グッズってのは通気性やら機動性など機能面をあれこれ考えながら選ぶことになるので、そこがなにか、パソコンや車のパーツを選ぶときに似ていて楽しい(ちなみに俺はPC自作派)。
あと、衣類のショップ店員のように呼んでもないのにすぐ話し掛けてきてあれこれ営業してくることもないのがよい。

ということであれこれ選んで買っているうちに1時間なんてとっくに過ぎており、あわてて路上パーキングに戻ったらもう1時間半以上も路駐していたが、でも路駐禁止の紙が貼られていなかったのでセーフ。
まあ1時間で買い物ってやっぱ無理だな。やはりここは電車で来るべきだ。


そしてその後も何回か電車で神保町に来ている。登山グッズはもちろんなんでも揃っているが、登山関係の書籍もマニアックなものまであれこれ揃っていてよい。
この静かで落ち着いた雰囲気といい、神保町がすっかり気に入ってしまった。

それから、神保町といえば、カレーやうどん、天丼などグルメの街としての顔をもつことでも知られているが、俺はこれまで店名は出さないが、行列ができるうどん屋1店、美味いカレー屋ランキングで上位にいるカレー店1店、俺が好きな作家である久住昌之氏(孤独のグルメや食の軍師の原作者)のエッセイでも紹介されていた天丼屋1店で、それぞれオススメと思われるメニューを食したが、正直味は普通であった。
値段は高くはないのだが(カレーは1,500円くらいして高い)、評判ほどではないというか、まあ並ぶほどではないかな、という感じだった。

というか、神保町というのは周辺に大学がいくつかあり、おまけに大手町などオフィス街が近く、また古書店街、スポーツ店街でもあって集客効果が高いので、昼になるとどこにでもあるようなチェーン店でさえも行列ができている。まあオフィス街なんかだと割とよくある光景ではあるが。
なので、神保町に限っていえば、行列ができている店だからといってあまりあてにはならない。

これからも神保町にはたびたび行くことになると思うが、美味い店を探すのがひとつの課題となりそうだ。



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2018/02/06

塔ノ岳は二度死ぬ(下山編)

とにかく体を温めなくてはならないと、疲れも忘れて早足で塔ノ岳を下っていった。
そしてその荒くなった呼吸を利用して両手を懸命に温めるが、指の白さは元に戻るどころかますます真っ白になっていった。
白いだけじゃない、感覚がほぼ無いのだ。これで鎖場の鎖を掴むのはまず不可能だと思った。

なぜこんなことになっているのか詳しい理由はわかりかねるが、考えられるとしたら急激な体温変化によって末梢血管にまで正常に血液が回っていないとか、そういう体温と血液に関する原因のような気がする。
とにかく塔ノ岳山頂までは、その険しく長い道程により汗がダラダラ出るほど体が温まっていたが、それが山頂で体を動かすのを止め、しかも山頂で気温が下がり風も強かったことから、急激に体温が下げられたことにより、このような症状が出ているのかもしれなかった。

ちなみに気温というのは100m上昇するごとに0.6℃下がるらしいので、塔ノ岳山頂は約1,500mあるから下界からだと9度低いことになる。5月でも最低気温は10℃を下回るということなので、この日もこの異常な寒気からすると山頂は10度以下だったのかもしれない。
http://www.yamaquest.com/detail/tonotake-1491/59.html

そこにきて俺は山に対してなんの知識もなく舐め腐った態度で臨み、普段着同様の服装でたいした装備もせず闇雲に頂上まで登り、登ったら登ったで汗掻きっぱなしのシャツ濡れっぱなしでろくに防寒具も持ち合わせてなく、頂上の温度変化に対してなんの対策もしていなかったのだから、体になんらかの異変が起きても不思議ではないだろう。

そしてそうこうしているうちにどんどん鎖場の崖が近づいてきてしまう。このまま両手の指が回復しなかったらあの崖は鎖を掴むことなくして絶対に登れない。崖を目前にして「詰む」。
こんな、まだ周りに自分より年上の中高年が普通に行き交っているような場所で、しかも向こうから俺を見ても緊急性を感じない、普通の(服装が多少アレだが)健常な登山者、気に留めるまでもない登山者に見えているであろうに、そんな俺が突然ここで「詰む」。

いや、絶体絶命というわけではない。まだ周りには人がいる。助けを求めればおそらくなんとかなる。それに塔ノ岳山頂には宿泊もできる尊仏山荘という有人の山小屋があるのだから、そのまま引き返せばこのまま突き進んで遭難ということは回避できるはずだ。
しかし、こんなこれまでに体験したことのない突然の症状と、自分の置かれているその状況に狼狽しまくっている俺はそんなことを考える余裕もなく、このまま崖に行けば詰む、このことだけが頭を支配した。

そうやって狼狽しながらもとにかく体が寒いので足早に塔ノ岳を下って行ったが、途中から歩を進めるにつれ、さきほどよりも体温が上昇しているのが感じられた。それは塔ノ岳山頂にいた時よりも運動量が上がっているということと、下山による高度低下により外界の気温も上昇しているからだろうと思った。また頂上のような強い風もなくなっていた。

ふと両手を見ると、その指先は赤みを帯びてきていた。指を動かしてみると、だいぶ感覚が戻ってきていた。
(よし!これで助かる!)
年甲斐もなく思わずガッツポーズをしてしまった。コブシを入れて「ヨシッ!」とか言ってしまった。
(・・・俺の勝ちだ・・・!)と思った。

新大日まで来ると薄っすら汗を掻くほどまでに体は温まっていた。ここで冬用のYシャツを脱いだ。
ベンチで座って一息ついていると、中年の女性二人がフゥーフゥー言いながら登ってきて
「ここからまだけっこうあるんですか?」
などと聞いてきたので
「いやぁ、もうひとピークといったところですね。頂上、風が吹いてて寒いですよ」
などとちょっと得意げに受け答えしている自分がそこにいた。

新大日を過ぎると鎖もところどころにあるような急斜面が連続する砂利場があるのだが、ここが案外難儀した。
塔ノ岳山頂からここに来るまでは両手のことで頭が一杯になり、足の疲労のことは忘れていたが、もうすでにかれこれ6時間とか7時間も山道と格闘しており、膝が笑っている状態にあった。それでもって急斜面の砂利場というのは、足が滑らないようにつま先やら踵やらふくらはぎやらに常に力を入れて歩かねばならないので、すでに体力と足の筋力が限界に近い俺にとってはかなり堪えた。
この時ばかりはさすがにストックがあった方が楽だな、と思った。



この時点で後ろから来た人もどんどん俺を追い抜いていき、後ろから人がくる気配はもうなくなっていた。
どうやらこの表尾根コースで塔ノ岳からヤビツ峠に向かうのは俺が最後尾らしい。
そもそも塔ノ岳からヤビツ峠に向かう人というのはあまりいない。多くの人がバスで来るので、バスでヤビツ峠まで来て、ヤビツ峠から塔ノ岳に行ったら、そこから折り返しピストンはせず、通称バカ尾根と呼ばれる大倉尾根を下っていって大倉バス停で帰るというのが一般的である。
その逆というのはあまりないらしい。なぜならヤビツ峠に来るバスの本数が極端に少ないからだ。
しかしヤビツ峠にマイカーで来た場合、ピストン一択となり、あの崖を登らなくてはならない。

さて、いよいよ崖に来た。もうすでに体力的にも足筋肉的にも限界を越えていたと思う。でも登らねばならない。
これも想像以上にキツかった。足の踏ん張りが利かなくなっていたからほとんど腕の力に頼って登った。1,2歩登るごとにいちいち休憩を挟まねばならなかった。
手の指の麻痺が治っていなかったら間違いなく登れなかった。

そんなこんなでフラフラになりながらもなんとか3つの壁を登り切り、ようやくどこかのピークに着いた。ガスってて真っ白だったので、ここはどこのピークだったっけなと思っていたら突如、白い霧の中からあの特徴的な三角屋根がヌっと不気味に現れたので驚いた。そしてやはり誰もいなかった。
三ノ塔も相変わらず景色は真っ白ではあったが、この頃には景色はもうどうでもよくなっていた。というか、疲れによる山酔いというか、もう山の景色、木々の連なる様を見るのが嫌になってきていた。辺り一面同じような木々でびっしり埋められている景色を常に見させられるというのも慣れていないせいかなにか酔った気分にさせられる。だからこの頃にはなるべく景色は見ないようにしていた。

そして三ノ塔といえば分岐点があるはずだった。今朝間違えて俺が登ってきた方と、表尾根ルートの正規ルートであるニノ塔というピークに抜けるルートだ。今回は間違えても今朝登ってきた険しい方に行ってはならない。日でも暮れようものなら間違いなく詰む。

用心深く歩いていくと標識があったので、今回は間違いなくニノ塔方面に抜けた。
しかしこっち方面もひたすらの階段と砂利の急斜面の連続なので、こっちを登ってくるにしてもこれはこれでけっこう息が切れるだろうな、と思った。もう膝が笑いっぱなしだ。

俺はここを降りているときにもう山はいいや、と思った。とんでもない目に遭わされた、と思った。もう1度このコースをやれと言われれば間違いなく断るだろう。

そしてようやく登山道から脱出することができ、舗装路に出た。正直達成感で嬉しかったが、ここからヤビツ峠までまだ20分くらい歩かねばならなかった。

ヤビツ峠

帰り休憩のために海老名サービスエリアに寄ったが、疲れすぎて食欲もなく、栄養ドリンクだけ買って飲んで帰った。
家に着いたのが20時過ぎとかそんな感じだったと思ったが、その頃には無事家路に着いたという安心感もあってだいぶ食欲も出てきていた。
イオンに行って、やはり山から帰ってきたら焼肉だろ、と思い、和牛と適当な野菜とジャンの焼肉ダレとビールを購入し、家で独り焼肉大会となった。

そしてこのいまだかつて経験したことのないような体の疲れにギンギンに冷えたビールをほぼすきっ腹に流し込んでやった。
すると、

「・・・・んァあ?!  クソうめええええあああああああああああ!!!!」


五臓六腑に染み渡るとはまさにこのことを言うのだろう。温泉旅館で温泉に入った後のビールも格別に美味いが、今回のはそれをも凌駕するやもしれん。
そして焼肉もこれまたクソ美味く、さっきまで青ざめた顔して食欲のなかったのが嘘のように野獣のごとくバクバク肉を喰らった。
うーむ、これはちょっと病みつきになるやもしれん、最っ高だ!登山→ビール→焼肉の流れ最っ高!

そして独り焼肉が一息ついたら、今日の間違った道のりのことや装備のことなどあれこれ独り反省会をし、気絶するように眠りに落ちた。
で、眠っている途中、なにか違和感を感じて目が覚めた。すると左足の感覚が無くなっていた。完全に麻痺していた。
あまりにも足を酷使し過ぎてそのような状態になってしまったのかもしれない。まったく動かすことができない状態だったのでかなり焦ったが、時間が経つとだんだん感覚が戻ってきた。おそらくあまりにも疲れすぎて、変な恰好で気絶するように深い眠りについていたというのも原因だろう。

しかし翌日、両足のつま先から踵から足首からふくらはぎから膝の裏から太腿から足の付け根から、足のありとあらゆる箇所がひどい筋肉痛になり、ろくに歩ける状態ではなかった。まああれほどの時間を普段使い慣れていない筋肉を酷使していたのだから当たり前といえば当たり前なのだろうけども。幸いにもこの日も仕事は休みを入れていたのでとくに支障は出なかったので良かったが。

とにかく今回の登山では数えきれないほどの反省点があった。高尾山程度の山を登ったくらいで山を舐めていた俺は登山2回目で早くも山の洗礼を受けた。
途中「俺の勝だ」などとほざく場面があったが、無事頂上に登って帰ってこれたとはいえ、これは俺の完敗である。完全なる敗北だ。
しかし山というのは想像以上に奥が深いものだな、と思った。また、そこにはなにか忘れかけていた冒険心のようなものをくすぐるものがあった。


<終>



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2018/02/04

塔ノ岳は二度死ぬ(登山編その5)

三ノ塔を後にするとしばらくは木製階段や子砂利の坂道をひたすら降りる行程が続いた。

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下りというのは一見ラクそうに見えるが、足にブレーキをかけながら降りていくという運動に慣れていないため、普段使っていない筋肉を酷使し、さらにこれまでの登りの行程で足のあらゆる筋肉をすでに限界近くまで酷使しているため、なかなかキツいものがあった。
とくに子砂利の下りは、滑ってしまったらそのまま滑落してしまいそうな場所も多々あるので、とにかくあらゆる神経と筋肉が総動員された。

そして極めつけは4,5メートルほどはある崖を、設置されている鎖を掴みながら降りるといういわゆる鎖場だ。
この表尾根コースにちょっとした鎖場、崖があることはネットの情報で知ってはいたが、とはいえ鎖もあることだし、まあ崖といっても人工的に足場なんかも作ってあったりして大したものでもないだろ、と思っていたが、実際その場に来てみると、案外普通に崖になっててちょっと動揺した。

こんなアスレチッキーなことなど小学生のときにやった野田市にある清水公園のアスレチック以来やっていないので少々困惑したが、幸い50代くらいのひとりのオッサンが今まさに降りているところだったので、それを真似るようにしてなんとか降りられた。
ちなみにこのような崖の鎖場が3箇所ほどあり、先人の降り方を観察したり、息を整えたり、崖場に来るたびに軍手をはめたり外したり、俺がモタモタしているあいだに後ろから誰か来ないかなどと気を揉んだりと色々と忙しく余裕がなかったため、崖場の画像は1枚もない。

そして尾根伝いに歩く箇所もあり、その中には痩せた尾根もあるわけだが、正直崖の鎖場よりもこっちの方が怖い。
鎖とか手すりとかのない、人ひとりがやっと歩けるような、幅にして50センチくらいの尾根の上を歩く箇所が何か所かある。しかも子砂利になっていて滑りやすい。
中には人工的な丸太橋になっているところもあるが、それとて幅にして50~60センチしかない感じで、しかも橋の上は砂埃で覆われていて同じく滑りやすい。






丹沢といえば首都圏近郊のエリアにあり、交通の便も良く、首都圏に住む登山初心者にも気軽に楽しめる登山スポット、みたいな感じでとらえていたが、しかしここはここは槍ヶ岳でも岳川岳でもなく、こんな都心近隣に住む登山初心者が車で2時間もしないで来れるような山の、年間数万人は歩いているであろう正規のルートの登山道であっても、ちょっと脇を見れば死の影がぱっくり口を開けている。
ワンミスとまでもいかない、本当にささいな、ちょっと足がつるっといったとか、ちょっと横にくじいたとか、それでよろけようものならもうそれだけですぐそこに死が平然と横たわっている。

平日でもこれだけの人、休日であればもっと賑わってちょっとしたテーマパークくらいの人手がでるような場所なのに、ここで滑って滑落して死んでも、誰の責任でもない、設備がどうのとかまったく関係がない、街中や郊外にある立ち入り禁止の廃墟スポットや心霊スポット、年齢制限のある絶叫マシーンなんかより全然危険、即死すらしかねないのに、立ち入り禁止にも年齢制限も注意看板すらないのが、すごい。
たとえ小学生がひとりでここで登山をしていたとしても、誰にもこの小学生を止める権利はない。

ところで、丹沢の山道を歩いていると、たまに小さな石碑を山道の端に見かけたりするが、後にちょっと調べたところによると、どうやらこれらの大概は慰霊碑らしい。
つまり首都圏から気軽に来れる丹沢山地の中でももっとも人気のコースであるこの表尾根コースですら、いや、そのような場所であるが故に、誰彼構わず多くの人がここを訪れるからなのかもしれない、命を落としている先人達が少なからずいることを表し、それらが注意看板に代わってここを訪れる登山者達に警告してくる。
この記事の最初の動画にある、三ノ塔から少し降りて子砂利の坂道を下ったところに、黄色い帽子や服を着せたお地蔵様が立っているが、このお地蔵様もそういうことである。

さて、なんとか3箇所ある鎖場のピークをクリアし、フラフラになりながら尾根伝いを歩いていた俺だが、しかし、三ノ塔に来るまでにあれだけ半ば疲労困憊になりながらもせっかく登ってきた山を、これでもかと言わんばかりに幾度もの崖を使ってまでも降ろされてきたのだから、塔ノ岳に向かってこれからまたどれだけ登らされるのかと思うと、これはもう無理なんじゃないか、俺は思いつきと勢いだけでとんでもない失敗をしでかしたのではないかと、強い後悔の念を抱いた。

そんなことを思いながらも、幾度も伝う汗を拭いながら目の前にある登山道を登ってゆく。
そうこうしているうちにまた険しい登りとなってゆく。

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そしてようやく新大日という山頂に辿り着く。山頂と書いたが、この丹沢の表尾根コースは一応いくつかの山を越えてゆく縦走路となっている。

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三ノ塔山頂からだとすでに烏尾山(からすおやま)、行者岳、新大日と3つのピークを登って降りてを繰り返している。そしてここからいよいよ最後のピーク(あくまでも塔ノ岳に行くまでの)を迎えるのである。



この最後のピークもひたすら昇りでかなりきつい。足も限界に近づいているが、休み休みごまかしながら頭の中はもはや登ること、頂上へたどり着くことだけで一杯になっていた。

そしてようやく頂上に辿り着く。



富士山の展望が自慢の塔ノ岳山頂であるが、ガスって真っ白でなにも見えなかった。
しかし、こんな俺でもなんとかフラフラになりながら塔ノ岳山頂に辿り着けた。そのことについては、今までに感じたことのないような感動を覚えた。このヤビツ峠からの表尾根コースだと、標準で3時間30~3時間45分くらいの登山時間らしいが、俺は最初の登山道入り口の間違いや、初の本格的登山、それからナメた服装、装備ということもあり、5時間半くらい掛かってしまった。

塔ノ岳山頂は色々なルートから登ってくる合流地点でもあるので、人も多く、続々といくつかの方面から人々が登ってきた。とりあえず息を整え、適当な場所に腰を下ろし、水を飲んだ。ふと周りを見ると、おのおの食事をとっていた。

携帯式のガスバーナーとコッヘル(携帯式小鍋)を使って暖かいお茶を飲んだりカップラーメンを食べている人が結構いた。
登っているときは汗ばかりかいていて気にならなかったが、少し座っていたら急激に寒さを感じるようになった。
まあ標高1,500m近いところにいるので、それだけでも寒いのに、服装がTシャツに薄い夏用のシャツ1枚、おまけにTシャツが汗でびっしょりなのだから当然といえば当然だろう。一応厚手のシャツを持ってきていたので、それを引っ掻けた。

おもちゃのような小さいザックの中からここへ来る途中の高速サービスエリアで買ったおにぎりと焼きそばを取り出した。
おにぎりは半分潰れていた。焼きそばはすっかり冷えたうえに油っぽくなっており、正直おいしくはなく、体力回復のために眉間に皺を寄せながらただ麺を義務的に口に入れていった。

周辺を見渡すと中高年の姿が多いが、平日なのに若いカップルも何組かいた。
まあ楽しそうに山の食事を楽しんでいた。その中には三ノ塔で見かけたカップルもいて、すでに出発するところだった。
若者はやはり体力があり元気があるな、と思った。
俺は疲れた。とんでもなく疲れた。ここからロープウェイがあったら100%それを利用して下山したに違いない。

そうこうしているうちに凍えるほどの寒さを覚えるようになった。ちょっと座っていられないレベルになってきた。これは早いとこ下山した方がいいかもしれない。
しかしこれからこれまできた茨の道を、そしてあの崖を今度は降りるのではなく登るのかと思うと、軽く目眩さえ覚えるのであった。

せっかくここまで来たのだからと近くで1人で休憩していた人に記念に1枚写真を撮ってもらった。
写真を撮ってもらった後、両手に痺れを感じた。この寒さのせいだろうと思っていた。でもその痺れの感覚がいつものそれとは違う。なにげに両手を開いて見てみた。
すると、両手の指の第三関節、つまりすべての指の付け根部分から上が真っ白に変色していた。

手を揉んだり、ハーハー息を吹き掛けたりしてもいっこうに治る気配もなく、痺れを通り越して触っても感覚が無くなってきていた。その指の付け根部分から上が真っ白に変色したその変色の位置が、まさにエベレスト登山等で凍傷に掛かり、指先が真っ黒になってのちに切断せざるをえなかった登山家のものと似ていたので、これは凍傷の始まりか、低体温症の始まりかもしれなかった。

そして凍傷にならないまでもこの状態のまま回復しなければ、鎖場の鎖をろくに掴むことはできない。つまりあの崖をよじ登ることは不可能であった。その事実には狼狽せずにはいられなかった。


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2017/10/04

塔ノ岳は二度死ぬ(登山編その4)

とりあえずその木の根階段を行けるところまで行ってみようと思った。それでいよいよもう無理そうなら素直に引き返して今日の登山も終わりにして帰宅しようと思った。

相変わらず木の根階段の傾斜はキツく、しかもだんだん木の根階段ですらなくなり、もはや両手で木々をつかみながらふぅふぅ登っていくと、突如人工的な丸太階段が出現した。木の根階段地帯に入ってからこれまで、この先危険の立て看板以外は人工的なものはなく、これまでの木の根階段も、無理やりこれは階段なのだ、超自然的に見えるが、ここいらの山の管理人だかによって利用できるものは利用し、計算し尽くされてこのような階段になっているのだ、むしろこういう演出なのだと、ごまかしごまかし自分に言い聞かせてこなければ、およそ人工物というものは見当たらなかった。
そしてそれはまるでRPGのダンジョンで、どうにもここから先どうやって先に進めばいいのかわからん、と同じフロアをもはや瀕死状態になりながらウロウロしている時に突如隠し階段が表れたような感覚を覚えた。


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(助かった!人口階段があるということはここを登ればなんとかなる)
ここが登山ルートであるかどうかというのはまだわからないが、とりあえず遭難という危険性は大きく退いた。
そしてこれまでの不安と恐怖が入り混じる暗雲が垂れこめた気持ちが一気に薄らいでいき、足取りも軽くなった。
その軽くなった足取りでどんどん進んでいくと、やがて拓けた場所に出た。そして三角屋根の山小屋らしきものが見えてきた。どうやら三ノ塔と言われる場所に到達したみたいだ。
でも、事前情報では三ノ塔の前に二ノ塔というものがあったと思ったが、どうやらそれをすっ飛ばしてきてしまったらしい。というか、この三ノ塔の広場に入る直前に枝分かれした山道があったので、本来ならそちらから昇ってくるはずだったのかもしれない。そしてそちらのルートにおそらく二ノ塔があったと思われる。

しかしまあとにかくガスっていて真っ白でせっかく苦労して登ってきたのになにも見えやしない。それに平日とはいえ人気の登山ルートでありながら山小屋やベンチがある休憩ポイントだというのに誰一人もいないってどういうことなのだろうか?本当にここが三ノ塔なのかちょっと疑わしくなってきた。




しかし間もなくして後方から一人の50代らしき男がくたびれた表情でこちらに向かってきた。
今回の登山では下の石碑で出会った40代くらいのひょろっとした男以来の2人目の登山者との接触である(登山開始から3時間は経っている)。

俺はしばらく人と会っていなかったため面食らい、向こうもだいぶ疲れている様子でお互いしばし顔を見合わせていたが、
「・・・こんにちは」
と息も絶え絶えに言ってきたので俺も「こんにちは・・・」と返したのであった。

しかし彼の出現により、この場所はやはり三ノ塔であり、このルートは山頂である塔の岳に通ずるルートであることはほぼ確定的となった。
そして彼の出現以降、わらわらと登山者が湧いてきて、俺を含め三ノ塔で瞬間的には10人くらいが居合わせるかたちとなった。
みな一様に疲れた表情をしていた。どうやら本ルートもそれなりに過酷だったと思われる。
女もいわゆる山ガール的な、若い子も2,3人いた。みな男(おそらく彼氏)連れだが。恰好からして登山初心者ではない感じ。若いとはいえさすがに息を切らしていたが、なんかさわやかなんだよな。ちょっと休憩したらすぐ出発していった。

で、俺は独りで過酷な(無駄な)サヴァイバルをしてきたこともあってかなり疲労しており、しばらく三ノ塔のベンチで休んでいたが、まあ登ってくる人登ってくる人、みな一様にいっぱしの登山者である。なんかもう誰が見てもいっぱしの登山者風情。俺だけだ、全身ららぽーとで揃えましたみたいなカジュアルな恰好をしてるのは。
しかし今考えるとかなり舐め腐った格好をしていた。帽子も被っていなければストックも持っていないし、服装は見るからにカジュアルで山仕様要素はどこにもなく、ザック(最近はリュックとは言わないらしい)も高校生が通学に背負っているものよりも一回り小さいものを背負っており、かろうじて靴だけはトレイルランニングシューズを履いていたが、ほとんどの人がそれ以上の、誰が見ても登山靴とわかるものを履いていた。

とはいえ、無謀浅はかなオッサンとは思われたくないので、すでに疲労困憊汗だくだったにも関わらず、この程度の山なんてこんなカジュアルな服装で十分みたいな、涼しい顔をして足を組んだりしてベンチに座って余裕をかましている達者な登山者風情を演出していたつもりではあったが、それはそこにいた誰もが、無謀浅はかで滑稽なオッサンだということが一目で知れたことだろう。

しかしまあ、もうここが頂上でいいんじゃね感が俺の中に充足していた。自分の車を置いた駐車場から歩いてきてゆうに3時間以上は経過していたように思う。事前情報によれば、この三ノ塔というのは塔の岳山頂までの中間地点くらいらしい。つまりここから今までと同じくらいの時間と労力が掛かるということだ。とてもじゃないが、俺の全バイタリティから換算してその余力でこれまでと同じくらいの行程を登っていけるとは思えない。しかも塔の岳山頂まで行けたとしても、ロープウェイなどないからまたピストンしてこなくてはならない。今ここから引き返したって体力的にけっこうギリギリなんじゃないかと思えるほどだ。この三ノ塔からは天気が良ければ遥か遠くに塔の岳山頂が見えるらしい。もしそれが見えていたらその距離におののいて、俺はおそらく引き返していたに違いない。

結局三ノ塔には30分くらいいただろうか、ベンチに座ってだらーんとしていたら思いのほか体力がリカバリーしてきた。
周囲で同じように休憩していた登山者たちが次々に次のステージに旅立ってゆく。さっきまで息を切らしていた山ガール(彼氏付き)も60代くらいの爺さんも、誰もここで引き返す者はいない。
ちなみに次のステージというのは、三ノ塔から塔ノ岳までの、三ノ塔~鳥尾山~行者岳~新大日~塔ノ岳の行程であり、その行程には、岩場や鎖場が断続し、崩壊が進んだ痩せ尾根を歩くなど、この表尾根ルートと呼ばれるルートのハイライトになる行程である。
今までろくに登山などしたことのない俺も、鎖場とはなんぞや、尾根や稜線とはなんぞやという少なからずの興味があったわけであり、それらを目前にして、それらを一目すら見ずにして引き返すというのもどこか後ろ髪を引かれる思いであり、また、疲れ切った顔をした全身ららぽーと男が、みなが次々に次のステージに旅立ってゆくのを横目に逆流して下山していくというのもなにか悔しい。
疲れていることには変わりがないが、案外体力が回復してきたというのもあり、他の登山者の流れもあいまって、俺の足は自然ともと来た道ではなく、次のステージの方に向いていた。
そして三ノ塔の小屋を背にし、真っ白い深い霧の中へと消えていった。


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(つづく)



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2017/08/21

塔ノ岳は二度死ぬ(登山編その3)

とにかく木の根の階段を登っていくしかなかった。
さっきまで定期的に出てきた木札の標識も現れなくなった。
というより周りに人工物と呼べるものは無くなっていた。
木の根の階段もより一層厳しくなり、いつのまにか手を使いながら登るようになっていた。

俺は昔20代の頃好奇心で友人と富士山の樹海に入ったことがあるが、真昼間でも山に入って短時間で遭難する感覚というのをその時体感していた。一応獣道のような、歩けるところを歩いてきているのだから帰りはただそこを引き返せばいいじゃないか、とたいがい思うところだが、しかし樹海では中に入って歩いてものの15分やそこらで外の音は遮断され、周りの景色は一様に同じように見える。
そして後ろを振り返れば、獣道と認識して歩いてきたはずの道は、360度似たような獣道だらけのうちの1本にすぎなかったことに初めて気づく。つまりそれは道でもなんでもない、なんの方向性も示さない樹海の風景の一部にすぎないのだ。
そうやって樹海ではいとも簡単に遭難できる。もちろん俺らはその時、木に目印やらスズランテープやらを持って入るなどそれなりの準備をして入ったわけであるが。
一応俺にもこういった経験があるので、山ではいとも簡単に遭難に陥ることは少なからずわかっていたので、これはいよいよ方向性がわからなくなってきたな、と思ったら素直に下山しようという心積もりは持ち合わせていた。

なので、フゥーフゥー夢中になって登りながらも、絶えず後ろを振り返り、今来た道に風景の変わりがないこと、諦めたらそのまま引き返せば元の場所に戻れることを確認しながら登っていた。
とはいえ装備面、事前情報等無謀なことには変わりはない。その辺は重々承知の上で今このブログを書いている。
なのでこのようなマネはしないでいただきたい、と一応断りを入れておく。

さて登山の話に戻そう。この木の根の階段ていうのがとにかくいつまでも続く。そして階段ていっても天然の階段だからその高さの幅が当たり前だが一定ではなくけっこう高いところをよいしょ!と登らなくてはならないところやら、もう折れそうな根っこが踏み場になっている段差を注意しながら登ったりととにかく疲れる。これだったら高台にある神社なんかの何百段とかの階段を登った方がはるかにラクだろう。

しかも依然としてここは登山道じゃないんじゃないだろうか?という疑念は晴れない。後ろを振り向いてもいっこうに登山者の姿は見えない。最近の登山者はけっこう高齢者もいるみたいだが、こんなアドベンチャーしながら登ってこれるのか?と思う。
そして息切れがハンパなくなってきた。少し登ったら休まなくてはならなくなってきた。さらに登る気はあるのに、太腿が上がらなくなってきた。意思とは裏腹に思うように力が入らないのだ。普段慣れていないこのような連続した登り階段を連続して登ったものだから、太腿の筋肉のグリコーゲンとやらが枯渇した可能性がある。

それでもなんとか休み休み、ごまかしごまかし登っていくと、ここであまりにも衝撃的かつこのシチュエーションで見たくない看板が立っていた。

「この先は登山道ではありません。ここから先には行かないでください。」

と書かれていた。
やはりそうだったのだ。俺はどこかの地点で登山道ではない獣道に入ってきてしまったのだ。
俺は頭のどこかでそれを薄々感づいていながらもごまかしごまかしここは登山道なのだ、なぜならここにくるまで標識通りきたからだ、分岐点らしきものはなかったはずだ、と自分に言い聞かせ、ひたすらに木の根のみで形成された階段を登ってきた。

とはいえ、であれば、もっと先に少なくとも木の根階段に差し掛かる前にこの看板立てとけよ、もう危険な思いして相当登ってきちまっただろうがアホが!と見えぬ小鳥のさえずりしかしない静かな山中で独り憤りと虚無感を覚え、もはやこれまで、初一人登山失敗、潔く撤収しよう、と思った。
ちなみにあまりにショックだったため、この立て看板の写真を撮るのを忘れてしまった。

今まで散々野放しだったくせにここに来てこうやって唐突に「この先には行くな。ダメ、絶対。」とか言われると今までは感じなかった冷酷な恐怖心が沸々と募る。そして今まであえて考えないようにしていたかもしれないkumaとかいうクリーチャーの存在が脳裏を横切る。

今ここでクリーチャーに出くわしたら、すでに疲れきって息が上がっている俺はなんの抵抗もすることなく、なすがままにされるだろう。そして昔観たジョージ・A・ロメロ監督のゾンビ映画のように、自分の太腿やら内蔵やらをこのクリーチャーにえぐられ喰われるのを見ながら、俺は丹沢の風となるのだ。

でもなんか諦めきれない、というか腑に落ちないというか。まあ確かに足元を見ればすでにそれは山道というにはあまりにも野性的、超自然的ではあるが、しかし木の根階段以前にそれらしい別の道があったようには思えず。でもまあ遭難てのは得てしてこうやって遭遇するんだろうな・・・

そしてもう一度その立て看板を見てみる。・・・・・・ん?これってもしかしてこの立て看板の裏(見ようによってはわずかに獣道らしきものになっている)には行くなよ、っていうことなんじゃないか?とちょっとポジティブに考えてみる。とはいえ、これまできた木の根階段のその先はその先でもはや崖状になった垂直木の根階段みたいになっている。うーむどうしたものか。


(つづく)



孤独地獄男を応援してみよう
2017/07/14

塔ノ岳は二度死ぬ(登山編その2)

「・・・こんにちは」

その登山者らしき40代くらいのひょろっとした男が俺を見て挨拶してきた。
「こんにちは・・・」

俺も挨拶した。この男は服装が俺とは違い山仕様であり、トレッキングポールもしっかり持っていて、このあたりの様子を一通り見ているようだった。
俺は、ヤビツ峠からかれこれ1時間以上歩いてきたので、あの石碑の上で座って休憩しようと思った。
しかし石碑に行ってみると大きいザックが立てかけてあり、この人のだろうなとちょっと座るのを躊躇していると案の定この人が戻ってきて座り休憩していた。
おそらくこの人もこの三差路だか四差路の他のルートから俺と同じようなタイミングでここに来たのだろう。
なんか他に人のいないこの狭い石碑の上で二人っきりでここに座るのも嫌なので、俺はとりあえずこの周辺を見回してみることにした。
この三差路だか四差路には一応標識が立っているのだが、分岐が多い上にこの標識の方角がどちらとも思えるような微妙な方角を示していたので、はてどの道を行ったらいいものかとここで悩むことになってしまった。

IMG_1392.jpg





石碑に座っている男に聞けばいいわけだが、なにか色々な意味で恥かしさがあり、また話掛けて今後登山中で度々顔を合わせた時になんとなく気まづくなるのも嫌だなと思い、とりあえずこの場所でスマホ(圏外)でも弄りながら時間を稼ぎ、この男に先に行かせてついていくことにしよう、と思った。

ほどなくしてこの男は休憩を終えて立ち上がり、獣道のようなところを登っていった。

IMG_1388.jpg

いや、俺ももしやここでは?とは薄々思っていたものの、あまりにも獣道であり、一応人が登っていけるような感じにはなっているが、なにか林業用とか、地元の人用の道かと思っていた。
標識の向きも曖昧で、二つある標識の下が「三ノ塔」と書かれているのだが、これがどちらを示しているのかがよくわからない。ここがこの獣道とまっすぐの道しかなかったらわかるが、このほかにも2本アスファルトの道があり、こっちだろうなって道があまりにも獣道だったので、ここはさすがに迷い、この男に頼った次第だ。

でもまあこの男が先陣を切ってくれたおかげでこの道は登山道なのだな、ということがわかり、とりあえず俺もこの石碑の上で10分ほど休憩し、この男に続いた。

IMG_1395.jpg

これまでのアスファルトの歩きやすい道からガラリと風景が変わった。一気に山本体に入り込んだな、という印象を受けた。
そして危険度も一気に増した。足場も悪い上、なにかブンブンうるさいなと思ったらすぐそこにスズメ蜂だかのでかい蜂の巣があったりした。
そして木々の間を縫うようにしてひたすら昇りが続き、登るほどに山の形相は険しくなり、俺の息は上がっていった。



先陣を切った先ほどの男の姿が見えないので、さすがだなあ、だてにトレッキング仕様の恰好をしていたわけじゃないな、と思っていたが、先ほどの石碑のところから30分くらい登ったところでその男が倒れた木の上に座って休憩しており、
「・・・あ、ごくろうさまです。。。」
などと言ってくるので俺も
「お疲れ様です・・・」
と返した。
俺はその男の前を通り過ぎ、黙々と登っていった。

しかし行けども行けどもいっこうに拓けたようなところに出る気配もなく、それどころか山道はどんどん険しくなっていっているように思えた。

IMG_1397.jpg





そしてついにはこれまで人工的に階段状に区切られていた木ではなくなり、その階段状に区切られていた木がいつの間にかただ木の根が折り重なって一見階段状に見えるようになっているものになっていた。

IMG_1399.jpg

さすがにちょっとこれは一般的な登山者が登る登山道ではないのではなかろうか?そもそも登山道なのか?ハァーハァーゼェーゼェーと息を切らして必死に登っているうちにどこかで分岐を間違えて本当の獣道に入ってしまったのではないか、と思った。



とりあえずここいらで休憩を取り、さっきの男が登ってくるのを期待した。しかしその男はいっこうに姿を見せず、その後もその男を見掛けることはなかった。
あの男は見掛け倒しであの後下山したのだろうか?それとも俺を騙すためにあえてあそこまで登ってみせたのか・・・?!

一気に心細くなった。あの男どころか他の登山者も後にも先にもいっこうに姿を見せることはなかった。
とにかくひたすらに山の静けさと見えない小鳥のさえずりだけが、ただそこにあった。


(つづく)



孤独地獄男を応援してみよう
2017/07/12

塔ノ岳は二度死ぬ(登山編その1)

登山当日は朝5時半頃出発した。
登山コースは表尾根コースと言われる、ヤビツ峠→ニノ塔→三ノ塔→行者ヶ岳→塔ノ岳山頂というコースだ。
このヤビツ峠から塔ノ岳山頂に登るルートは、数ある丹沢山系登山ルートの中でも人気コースのひとつらしいのだが、バスでヤビツ峠まで来た人は塔ノ岳山頂から大倉尾根コースなど別のコースで下山できるが、俺のようにマイカーで来た人はピストンするほかない。
東名高速を西に行き、途中海老名SAで朝食用のおにぎり1個と山頂での昼食用のやきそばとおにぎり1個を買った。

最寄りICである秦野中井ICには7時過ぎ頃着いた。高速を降りると、小中学生が登校する姿をちらほら見かけた。
秦野中井ICからヤビツ峠までは車で20分ほどで到着した。

ヤビツ峠


この閉まっている売店の前にわりと立派なトイレと30台くらい停めることができる駐車場があり、とりあえずここで用を足し、この先にも駐車場があるみたいだが、昨日ブログを眺めてたらここに車を停めてここから登山口まで歩いて行っていたブログがいくつかあったので、この先の駐車場が満車だと面倒なので、俺もここに車を停めて行くことにした。

このヤビツ峠までは車でほぼ登りのみだったのだが、この駐車場からとたんに下りになった。
まあ峠というもの自体、後でWikipediaで調べてみたら、「峠(とうげ)とは、山道を登りつめてそこから下りになる場所。」らしいので、まさにといか、これこそ峠であり、間違っていないのだろう。
しかしその時の俺は、歩きながら、せっかく登ってきたのにこんなに下ってきていいのだろうか?さっき横道(柵あり)があったけど、あっちだったんじゃないだろうか?と多少不安になっていた。
でもまあ俺にはスマホがある。こいつで昨日見たブログだのgoogle earthだのyahoo!地図だので調べれば大した問題でもなかろうとたかをくくっていたのが、ここで重大かつ致命的かつ基本的な認識ミスを犯す。おもむろに開いたスマホの画面は圏外だった。
いや、圏外の表示が出た瞬間、「しまった・・・・・・・・・・・・・!」「そりゃ、だよね・・・・・・・・・・・・・!」と即納得した。
あまりにも平地に慣れ親しんでしまっていた生活をしていたため、すっかり忘れていた。
そこそこの人里離れた山間部などにいけば、スマホはネット機能はもちろん、普通に電話としても機能しなくなる可能性はいまだもってしても大だということを。

しかしまあ、基本スタンダードな登山道を登っていくだけだし、標識通りに歩いていけばなんとかなるだろ、と思っていたが、20分くらい下って歩いてもなかなかそれらしき標識が出てこず、やはりさっきの横道(柵あり)が正解だったのか、ここからまた戻って登っていくの面倒だな、もう山登りしないで帰ろうかな、とか色々考えていたところにそれらしき標識と上り坂が出現。

見晴らし橋


どうやらこれが登山口に繋がってるっぽく、とりあえずホッとする。
しかしこの安堵感がのちに致命的なミスにつながろうとは思いもしなかった。
俺はもうなんの疑いもなくこの緩やかな坂道をうっすらと心地よい汗をかいて登っていった。

先ほどの画像の場所から30分は歩いただろうか、見覚えのある駐車場に到着する。菩薩峠の駐車場だ。
見覚えのあるというのは、前日に塔ノ岳登山について検索していたときに誰かのブログでここに車を停めて登山したものがあったからだ。そして柵を越えて林道を歩いてくようなことも画像とともに記事にあったので、俺はなんのためらいもなくこの駐車場の先にある柵を越えて歩いて行った。

菩薩峠


しかしヤビツ峠から塔ノ岳を登る登山口は、実はこの菩薩峠の駐車場の手前にある。
それは下山したときに知ることになる。
しかし今の俺にはそんなことは知るよしもなくどんどん進み、途中で相模湾と思わしきビューポイントも出てきたりして、俺の中ではとっくに登山が始まっていた。

相模湾


だが、登山が始まってるにしてはなんというか、いまだに歩いている足元はアスファルトのままで、さらには平日とはいえ人気コースと言われている割にはいまだ1人も他の登山者に会っていないし、後ろから来る気配もない。
とはいえ、この前の高尾山なんかと違って誰でも気軽にこれるようなところでもないし、こんなものなのだろうとさほど不自然に感じることもなくどんどん歩いていった。
しばらく行くと道に柵があり、その先は道が少し拓け、なにかの碑が立っていた。
そしてそこでようやく登山者らしき人に遭遇した。

碑


(つづく)



孤独地獄男を応援してみよう
2017/06/28

塔ノ岳は二度死ぬ(準備編)

先日の高尾山登山が思いのほか楽しく、また登山はこれからジジイになっても気軽に一人でも(ここ重要)できる趣味・スポーツなのではないかと思い、今度は一人で別の山に登ってみようと思った。
そこで次に登る山はどこにしようかということになるのだが、正直高尾山は序盤こそ戸惑ったものの、全体を通してみれば楽勝だったので、高尾山よりワンランク上の山に登りたいと思った。

ネットで「初心者登山」とか「高尾山の次に登る山」とかのキーワードで検索してみると、たいがい引っ掛かってくるのが筑波山、それとか御岳山などの奥多摩周辺の山々だ。
筑波山はいざとなったらロープウェイもあり、標高も900m以下と手軽であり、首都圏から近いということから、確かに高尾山の次の山としてはうってつけなのだろうが、前にも書いたとおり俺は小学生の頃とはいえすでに3回くらい登っているのでもういいかな、と。次に奥多摩周辺だが、こちらもブログには書いてなかったかもしれないが、ここ2年連続であきる野市方面に蛍を見に行っているので、こっち方面もしばらくはいいかな、と。
で、ネットであれこれ探しているうちに「やまクエ」というサイトに当たった。これはまあドラクエ風に山の登山難易度をレベル表示してあり、あとは大まかな総歩行時間、歩行距離、標高差、山頂標高が表示されており、人気順にランキング付けされているものだ。
実際登山された方々のコメント欄もあり、これはなかなか便利だなということでここを参考にして選んでみることにした。

選ぶ登山の条件として次の点をクリアしていることを前提条件とした。
・関東近郊であること
・自宅を出て自宅に戻るまで、日帰りで完結できること
・登山口付近の駐車場まで自家用車で行けること
・特別な技術や用具(クライミングやアイゼン、ピッケルの使用など)を必要としないこと
・高山病にかかる可能性のあるような高山でないこと
・登山レベルが筑波山と同等以上であること

そうすると、人気ランキングに、大山、塔ノ岳、鍋割山など丹沢山地にある山々が上位にランクインしていた。
ただ気になるのが難易度レベルだが、いずれも40オーバーとなっており、ドラクエを知る者にとってレベル40といえば「ラスボスダンジョンレベルじゃね?」となるのだが、どうもこのサイトはそのへんの感覚がドラクエとあまりリンクしていないというか、例えば先日登った高尾山が初級となっていながらもレベル31だったり、筑波山もレベル39だったので、40を越えても登山初心者とはいえさしておののくレベルではないのかな、と思った。

ちなみにレベル50を越えてくると、テント泊や山小屋泊など1泊2日を要するものがほとんどになってきて、そのような山はレベル90を越えるところも少なくない。
1泊2日の富士山でレベル65、1泊2日の槍ヶ岳でレベル72、1泊2日の剣岳でレベル90といった感じだ。

それで、丹沢山地というのは俺の中では昔、地理かなにかの学校の授業レベルで名前は聞いたことがあるくらいの知識しかなく、どの辺に位置しているのかもよくわかっていなかった。
しかし調べてみると、東名高速の海老名JCTを過ぎて近い位置にあり、秦野中井ICを降りてからもアクセスしやすい位置にあったので、丹沢山地から選ぶことにした。

大山、塔ノ岳、鍋割山のどの山にするか迷い、鍋割山の山頂の鍋焼きうどんも非常に捨てがたかったが、塔ノ岳の表尾根コースという尾根を歩いていくコースが、変化に富んでいて見晴らしも良く飽きがこないという評判だったのと、事前に
山登りはじめました 著 鈴木ともこ」という本を読んでいてその中に塔の岳に登った話があったので、塔ノ岳に登ることにした。

やまクエの口コミで、後半足が棒になるだの膝が笑いっぱなしだのともやしっ子みたいな書き込みがいくつかあったが、そんな奴らは普段まったく運動をせずにファストフードばっか食ってタバコ吸いまくってるようなのがノリで登ったんだろう、と思った。ただコース時間6時間15分といのが多少引っ掛かったが。

さて、あとは前日に、というか、山に登ろうと思ってた日の前日に明日どこの山に登ろう?って感じで選んでおり、塔の岳の情報、登山ブログなどは前日の夜にざっとチェックした程度だ。また、服装、持っていくものなどは基本前回の高尾山を踏襲し、動きやすいカジュアルな服装に15Lのデイパック、それと先日活躍したコロンビアのトレイルランニングシューズ、ブログなどでけっこう汗を掻くようなことが書いてあったのでタオル、水1,250ml、アクエリアス500ml、おやつ、といったところだ。

ほぼこれでいこうと思っていたが、ブログを読んでいると梅雨の時期は丹沢はヒルが多いというようなことが書いてあり、木の上から降ってくるようなこともあるようなので、やはり帽子は必要かな、と夜7時過ぎにショッピングモールに登山用帽子を買いに行った。
ついでにヒル除けスプレーを買おうと思ったが無かったので、替わりに消毒用エタノールを買ってきた。


また、山を舐めていた。


(つづく)



孤独地獄男を応援してみよう
2017/06/21

初めて高尾山に登る

高尾山2

生まれてこのかた40歳になるまで登山などまるで興味がなかった。とはいえ山自体が嫌いというのではなく、温泉などは山に湧き出る強めの温泉が好きだし、また山菜やジビエ料理も好きなので、山自体はけっこう好きな方である。
しかしもっぱら登山といえば車で登るのが専門で、今まで登山らしい登山をした記憶といえば、小学校の時の学校の遠足や少年野球で登った筑波山くらいだ。
その時もまあ子供だったからというのもあろうが、特に楽しいとも思わなかったし、その後も20歳を過ぎても30歳を過ぎても登山などまったく興味の対象とはならなかった。
いや実際40歳になってもそうだった。

しかし、1、2年前に70歳手前となる母が、友人やらウォーキング仲間やらが高尾山に行っただの、みんな行っているのに私は行ったことがないだの、〇〇さんは何度も登ってるんだって、だの、なにげに強くプッシュしてくるので、俺は「そんな何度も登っているのなら、今度〇〇さんが行く時に一緒に連れていってもらえばいいじゃん」と軽くあしらっていた。

ここ数年、山ガールなどの用語ができるほど登山人口は増加しているようで、俺も高尾山人気はネットなどからたびたび耳にはしていた。
とはいえ高尾山などにまったく興味がなかった。

だが、母がいよいよ70歳となり、今はウォーキングなどをしているおかげで足腰に問題はないが、70歳も越えればいつどうなるかわからんということで、母の日も兼ねてゴールデンウィーク明けに母を連れて高尾山を登ることになった。

登山に興味のない俺の勝手な高尾山のイメージとしては、ちょっとしたネットの記事やらなにげに流れてくるテレビのちょっとした画像などから、登山者の恰好がそこそこ登山者風であり、高尾山に近い八王子JCTなんかをたまに通ると、そこそこ山深い感じなので、ある程度、まあ筑波山くらいの登山距離、体力を想像していた。
だが、当日が近づくにつれネットで情報を集めていると、小さい子供なんかも普通のスニーカーで登っているし、途中までケーブルカーないしリフトがあるのでそんな大げさな装備はいらないと思った。
しかし、俺はスニーカーといえば普段ジョギングで使用しているランニングシューズしか持っていなくて、ほかに持っているスニーカーといえば機能性を無視したカジュアルなものしかなかったので、この機会にとりあえず軽い登山用というか、ハイキング用のシューズを買っておこうと思った。

とはいえ、たかだか高尾山を登るのに本格的な登山用ブーツみたいなのは大袈裟なので、もっと軽めでライトなやつを買おうと思った。
とりあえず近隣のスポーツ用品店なんかを回ってみたが、登山用は案外種類を置いてなかったり、案の定、サイズが無かったり(俺の足のサイズ28.5cm~29cm)して、結局登山用品店が多く集まっているという神保町までわざわざ行き、ある登山シューズ専門店にてトレイルランニングシューズなるものを購入した。

コロンビアシューズ

ここでトレイルランニングシューズとはなんぞやということになるが、トレイルというのが舗装路以外の山野を走るものを指すことらしく、つまりそれ用のランニングシューズというわけであり、登山というより山野をランニングするためのシューズである。

一般に登山用シューズというのは地味なものが多く、頑丈に作られているためそれなりに重さもあるが、トレイルランニングシューズはジョギングシューズのようにカラフルなものが多くデザインもカッコいいものが多くて、そしてなによりも軽くて歩きやすいのが気に入った。
それからザック(今はリュックとはいわず、ザックというらしい)も持っていなかったので、15Lサイズの小さいやつ(高校生が通学でしょっているものより一回り小さいくらい)を購入した。


そして登山当日。車で行くのなら今高尾山へのアクセスは圏央道とC2(中央環状線)の全面開通により以前に比べて格段によくなっていると思われる。連休中の渋滞や事故渋滞さえなければ、ほぼストレスフリーで行ける。
駐車場も登山口から直近の場所は平日でも10時過ぎに到着して満車であったが、そこからちょっと離れればいくらでも駐車場はあった。

しかしまあ平日とはいえさすがは高尾山、人が多い。正直これほど人が多いとは思わなかった。
登山口であるケーブルカーの清滝駅の前で親子でうろついていると、突然「写真撮ってもらっていいですか?」なんて若い女から声を掛けられ、向こうは女3人パーティで、向こうもどうやら姉妹と母親という親子パーティらしかった。

「いいですよ・・・!」

などと普段はまず見せないであろう爽やかな登山者風情を演じた笑みを浮かべながらそれに応じると、

「あ、撮りましょうか!?」

などとその若い女は軽やかにそして自然に右の手のひらを差し出してきたので、
「じゃ、じゃあお願いします・・・」
と俺もその若い女にスマホを渡し、いきなり自動的に清滝駅前での親子の記念撮影会となった。

俺はこれまでも誰か連れがいると案外写真撮影を頼まれることが多い。まあ背が高くて目立つからというのと、なんかおとなしそうな感じだからだろう。
でもまあそれは誰か連れがいることに限られていて、一人でうろついているときはまず声を掛けられたことはない。

そして無事記念撮影会が終わり、てっきり途中までケーブルカーで行くものかと思っていたが(俺はそのつもりできたし事前に母にも伝えていた)、母が突然「ここから歩いてもいけそうよ」などと言い出したため、「え?!ここからだと結構歩くよ?高尾山っつったって山だし一応登山なんだからさ」と言ったのだが、友人も下から歩いて登っているみたいよ、などと言い出し、多少不安もあったがケーブルカーを使わずそのまま歩いて登ることになった。コースは一番スタンダードな一号 表参道コースだ。

歩き始めて10分くらいで、あれ、案外キツいな、と思い始め、さらに10分ほどで軽く息があがるほどになった。
道は完全に舗装された道ではあるが、傾斜はどんどんきつくなっていき、普段山登りなどまったくしない俺はけっこうフゥフゥ言いはじめ、母に「案外キツいねw」などと言うと母もけっこうキツそうであった。
いや、周りを見渡せば俺同様に舐めて掛かっていたであろう奴も多そうで、汗だくになって深刻そうな顔をしている小太りなオッサンなんかもいた。

そしてケーブルカーでいうところの清滝駅と高尾山駅の中ほどに金比羅台という見晴らしのいい場所があるのだが、ここは本道から少し外れて行くわけだが、なぜか俺らはそっちに行ってしまった。
こっちは道が階段状になっており、その階段の一段一段の高さの幅が広く、ここまでですでに結構息が上がっていた母がこの階段の途中で「この段差はきつい。もう登れない」とか言い出しやがった。
とりあえずその場は手を差し伸べて母を引っ張り上げた挙句、あ、展望台はすぐそこだよ、階段ももう終わりそうだよ、などと母を励ましなんとか金比羅台に辿り着いた。
ここにはベンチなんかもあり、見晴らしも良く、座って早速小休憩となった。

やはりケーブルカーで行くべきだったか、と正直後悔していた。すでに汗だくだ。母がじゃなく俺がだ。タオルで体中を拭きまくる俺。この段階でまだケーブルカーの終点である高尾山駅の中腹ほどだし、そことて頂上までの中腹なのだから、この調子で行けば母はもとより情けないことに俺も厳しい。
週一くらいとはいえ普段5kmくらいジョギングしてるからまあ余裕だろ、と高尾山を舐めきっていたが、高尾山といえども山道を登るというのはやはり平坦な道路を歩いたり走ったりするのとは訳が違うのだと思い知らされた。
俺はザックの中は上に羽織るものと水くらいしか入っていなかったが、用意のいい母は凍らせたアクエリアスのゼリー状のものやおやつにチップスターなどを持ってきており、それらをもらって失った塩分とアミノ酸を補給した。

この小休憩で体力がけっこう回復し、再び歩き始めた。
あのきつい階段はあそこだけで、その後は登場しなかった。
というか、ここを過ぎるとあとはさほど苦もなく高尾山駅に到着し、高尾山駅から高尾山薬王院、そこから山頂までの道のりというのは、登山というよりほとんど観光地巡りのようなものであり、俺も母も息があがるようなこともほとんどなく、序盤のキツさを考えれば、ちょっと拍子抜けに近い感じで山頂に到着した。

そして山頂。平日にもかかわらずとにかく人、人、人である。
山頂の動画↓


もう普通に観光スポット。そして山頂と山頂周辺には、蕎麦やカレーなどが食べられる食事処が点在し、トイレもあるし、山頂の広場にはご丁寧に水道の蛇口まであるw
1,000m以上あるようなそこそこの山の山頂ではこんな親切なところはまず無いだろう。
都内近郊から気軽に来れて、山道も山頂も至れり尽くせりとなれば、人気が出て当然だ。

山頂で高尾山名物であるとろろそばを食べるのも良いな、とは思っていたが、食べログなどで先ほど記念撮影をした清滝駅前近くにある高橋家という蕎麦屋の評価が高かったので、下山後そこで食べることにした。
が、期待値が高過ぎたのか知らんが、案外普通であった。
でも下山途中で食べたこれも高尾山名物、天狗まんじゅうはかなり美味しかった。

下山はまた母が、このまま歩いて下まで行けそうとか言ってきたが、下りのリフトがなかなか面白いという情報を得ていた俺は下りはリフトで降りようと強めに提案し、リフトで降りることになったが、想像以上に楽しかった。2人乗りのリフトなんだが、まあ空いてたし別に1人ずつ乗ってもよいのだが母と2人で乗り、俺の方が体重があるからけっこうリフトが俺の方に傾いて、ポケットからスマホが落ちそうになるしなにげに少し怖かったw
まあでも母も楽しかったと言っていた。

さて、こうしてなんとか無事、高尾山登山を終えたわけだが、思いのほか、想像以上に登山を楽しめた。そしてトレイルランニングシューズの履き心地がかなり良かった。
定期的にジョギングをしているおかげか、翌日なども筋肉痛になることもなく、また近いうちにこのトレイルランニングシューズを履いて登山をしてみたいと思った次第である。



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