まったくモテない41歳独身底辺男が流されるがままに適当に生きながらもがき足掻く日記
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とりあえずその木の根階段を行けるところまで行ってみようと思った。それでいよいよもう無理そうなら素直に引き返して今日の登山も終わりにして帰宅しようと思った。

相変わらず木の根階段の傾斜はキツく、しかもだんだん木の根階段ですらなくなり、もはや両手で木々をつかみながらふぅふぅ登っていくと、突如人工的な丸太階段が出現した。木の根階段地帯に入ってからこれまで、この先危険の立て看板以外は人工的なものはなく、これまでの木の根階段も、無理やりこれは階段なのだ、超自然的に見えるが、ここいらの山の管理人だかによって利用できるものは利用し、計算し尽くされてこのような階段になっているのだ、むしろこういう演出なのだと、ごまかしごまかし自分に言い聞かせてこなければ、およそ人工物というものは見当たらなかった。
そしてそれはまるでRPGのダンジョンで、どうにもここから先どうやって先に進めばいいのかわからん、と同じフロアをもはや瀕死状態になりながらウロウロしている時に突如隠し階段が表れたような感覚を覚えた。


IMG_1401.JPG

(助かった!人口階段があるということはここを登ればなんとかなる)
ここが登山ルートであるかどうかというのはまだわからないが、とりあえず遭難という危険性は大きく退いた。
そしてこれまでの不安と恐怖が入り混じる暗雲が垂れこめた気持ちが一気に薄らいでいき、足取りも軽くなった。
その軽くなった足取りでどんどん進んでいくと、やがて拓けた場所に出た。そして三角屋根の山小屋らしきものが見えてきた。どうやら三ノ塔と言われる場所に到達したみたいだ。
でも、事前情報では三ノ塔の前に二ノ塔というものがあったと思ったが、どうやらそれをすっ飛ばしてきてしまったらしい。というか、この三ノ塔の広場に入る直前に枝分かれした山道があったので、本来ならそちらから昇ってくるはずだったのかもしれない。そしてそちらのルートにおそらく二ノ塔があったと思われる。

しかしまあとにかくガスっていて真っ白でせっかく苦労して登ってきたのになにも見えやしない。それに平日とはいえ人気の登山ルートでありながら山小屋やベンチがある休憩ポイントだというのに誰一人もいないってどういうことなのだろうか?本当にここが三ノ塔なのかちょっと疑わしくなってきた。




しかし間もなくして後方から一人の50代らしき男がくたびれた表情でこちらに向かってきた。
今回の登山では下の石碑で出会った40代くらいのひょろっとした男以来の2人目の登山者との接触である(登山開始から3時間は経っている)。

俺はしばらく人と会っていなかったため面食らい、向こうもだいぶ疲れている様子でお互いしばし顔を見合わせていたが、
「・・・こんにちは」
と息も絶え絶えに言ってきたので俺も「こんにちは・・・」と返したのであった。

しかし彼の出現により、この場所はやはり三ノ塔であり、このルートは山頂である塔の岳に通ずるルートであることはほぼ確定的となった。
そして彼の出現以降、わらわらと登山者が湧いてきて、俺を含め三ノ塔で瞬間的には10人くらいが居合わせるかたちとなった。
みな一様に疲れた表情をしていた。どうやら本ルートもそれなりに過酷だったと思われる。
女もいわゆる山ガール的な、若い子も2,3人いた。みな男(おそらく彼氏)連れだが。恰好からして登山初心者ではない感じ。若いとはいえさすがに息を切らしていたが、なんかさわやかなんだよな。ちょっと休憩したらすぐ出発していった。

で、俺は独りで過酷な(無駄な)サヴァイバルをしてきたこともあってかなり疲労しており、しばらく三ノ塔のベンチで休んでいたが、まあ登ってくる人登ってくる人、みな一様にいっぱしの登山者である。なんかもう誰が見てもいっぱしの登山者風情。俺だけだ、全身ららぽーとで揃えましたみたいなカジュアルな恰好をしてるのは。
しかし今考えるとかなり舐め腐った格好をしていた。帽子も被っていなければストックも持っていないし、服装は見るからにカジュアルで山仕様要素はどこにもなく、ザック(最近はリュックとは言わないらしい)も高校生が通学に背負っているものよりも一回り小さいものを背負っており、かろうじて靴だけはトレイルランニングシューズを履いていたが、ほとんどの人がそれ以上の、誰が見ても登山靴とわかるものを履いていた。

とはいえ、無謀浅はかなオッサンとは思われたくないので、すでに疲労困憊汗だくだったにも関わらず、この程度の山なんてこんなカジュアルな服装で十分みたいな、涼しい顔をして足を組んだりしてベンチに座って余裕をかましている達者な登山者風情を演出していたつもりではあったが、それはそこにいた誰もが、無謀浅はかで滑稽なオッサンだということが一目で知れたことだろう。

しかしまあ、もうここが頂上でいいんじゃね感が俺の中に充足していた。自分の車を置いた駐車場から歩いてきてゆうに3時間以上は経過していたように思う。事前情報によれば、この三ノ塔というのは塔の岳山頂までの中間地点くらいらしい。つまりここから今までと同じくらいの時間と労力が掛かるということだ。とてもじゃないが、俺の全バイタリティから換算してその余力でこれまでと同じくらいの行程を登っていけるとは思えない。しかも塔の岳山頂まで行けたとしても、ロープウェイなどないからまたピストンしてこなくてはならない。今ここから引き返したって体力的にけっこうギリギリなんじゃないかと思えるほどだ。この三ノ塔からは天気が良ければ遥か遠くに塔の岳山頂が見えるらしい。もしそれが見えていたらその距離におののいて、俺はおそらく引き返していたに違いない。

結局三ノ塔には30分くらいいただろうか、ベンチに座ってだらーんとしていたら思いのほか体力がリカバリーしてきた。
周囲で同じように休憩していた登山者たちが次々に次のステージに旅立ってゆく。さっきまで息を切らしていた山ガール(彼氏付き)も60代くらいの爺さんも、誰もここで引き返す者はいない。
ちなみに次のステージというのは、三ノ塔から塔ノ岳までの、三ノ塔~鳥尾山~行者岳~新大日~塔ノ岳の行程であり、その行程には、岩場や鎖場が断続し、崩壊が進んだ痩せ尾根を歩くなど、この表尾根ルートと呼ばれるルートのハイライトになる行程である。
今までろくに登山などしたことのない俺も、鎖場とはなんぞや、尾根や稜線とはなんぞやという少なからずの興味があったわけであり、それらを目前にして、それらを一目すら見ずにして引き返すというのもどこか後ろ髪を引かれる思いであり、また、疲れ切った顔をした全身ららぽーと男が、みなが次々に次のステージに旅立ってゆくのを横目に逆流して下山していくというのもなにか悔しい。
疲れていることには変わりがないが、案外体力が回復してきたというのもあり、他の登山者の流れもあいまって、俺の足は自然ともと来た道ではなく、次のステージの方に向いていた。
そして三ノ塔の小屋を背にし、真っ白い深い霧の中へと消えていった。


IMG_1407.jpg




(つづく)



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【2017/10/04 17:46】 | 登山
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ファン
動画拝見しましたが、思っていたよりも道が険しいのと、ガスで真っ白なのでびっくりしました(笑)
写真もいいですが、動画だとより雰囲気が分かっていいですね!

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前回の池袋出撃後、再び池袋、それから錦糸町と、デリヘルやら派遣型リフレやらに数回突撃したが、まあとにかく酷かった。
その中にはいわゆるドム、ピグモン、馬ヅラなどもいた。
金だけ渡してそのまま帰ってもらった奴も2人いる。
ドムはホテルのチャイムが鳴り、俺が「どうぞ」と言うと、まずドアを半分だけ開け、おかめ納豆のおかめみたいな顔だけがその半分開けたドアからぬうっと現れてこちらを数秒ジッと見、「いいですか・・・?」などと言うのだ。
俺は唖然とし、「お、おぅ」などと曖昧な返事をすると同時にすぅっと滑り込んできた体はいうまでもなくドムだった。言うなれば和風ドムといったところか。

ピグモンはデリヘルでネットの写真と180度違う女だった。ドアを開けたらそこには豚ピグモンが立っていた。ギャルメイクをした豚ピグモン。悪いがちょっと長い時間直視できないレベル。腹はおまえ身籠ってるのかというレベル。さすがの俺もこのときばかりはキレた。

俺「あ?おかしくね?写真と全然違うだろ?本当に本人?」
女「違うって言われても・・・」
「どうやったらその顔からあの写真が撮れるんだ?あ?」
女「・・・・・」

チェンジ、もしくはキャンセルを申し出たが、それはできないというので店に電話して写真と全然違うのが来たからって再度チェンジ、もしくはキャンセルを申し出たが、HPに書いてある通りそれはできない、でもその子いい仕事はしますんでとかぬかしてくるから、いや、そういう問題じゃないだろ、などとちょっとした言い合いになった。そもそも最初にこの店に予約の電話をしたときに対応したのがババアで、俺が「今そちらのHP見てるんですが、〇〇ちゃんいますか?」って言ったらそのババアが「え、ええ、いますよ」とかなんか曖昧な感じだったから怪しいなとは思ったのだが、その悪い予感が的中、おそらくこのHPにある写真の女の子はどれもこの店には実在しないのであろう。このピグモンと他1匹か2匹の物の怪でまわしているのだ。これ以上はもうどうにもならなそうなので、そのまま女、いやピグモンを放流した。もちろん金は払った。

馬ヅラもデリヘルだが、これは錦糸町の案内所経由で予約したにもかかわらず、ブラジル元代表のロナウジーニョをさらに馬ヅラにしたような女がきやがった。その馬ヅラが来たとき俺はもう言葉を発する気力すらなくなり、自分の不運さを呪った。その馬ヅラとはとりあえずプレイしたが、その馬ヅラの裸を見たり一緒にシャワーを浴びたりしたところでいっこうに勃起などしなかった。勃起するどころかある種の恐怖で逆に縮こまってしまっているくらいだ。

まあしかし来る女来る女・・・たとえばその辺の街中で適当にブラブラしてたってなかなかお目にかかれないような物の怪ばかりがドアをノックしてくる。これはなにもブログだからって面白おかしく大袈裟に書いているわけではない。本当に金を払ってでもお引き取り願いたい異界の者たちばかりが俺の部屋のドアをノックしてくるのだ。

最近俺は感じるのだが、ひと昔前に比べて、出会い系や風俗の女の質が目に見えて低下しているように感じる。それには色々理由が考えられるが、まずひとつは単純に若者の人口がとにかく激減してしまったこと。1992年に205万人いた18歳人口が、2014年には118万人にまで減ってしまった。約半減だ。90年代なんて俺なんかからしてみればついちょっと前くらいの感覚だから、いかに若者の人口が急激に減っていったのかがうかがえる。人口が減れば当然、かわいい子の数も減る。

もうひとつは、女が出会い系や風俗に手を出す理由としては、性への興味と金があるだろうが、前者は、今や様々なSNSや出会い系(主にピュア系)があるため、なにも好き好んで見ず知らずのオッサンを相手にする必要がなくなったのと、後者は、リフレやらオナクラやらマッサージやらのソフトサービスから通常のヘルスまで、デリヘルの多様化のし過ぎと店数の増え過ぎでただでさえ玉数の少ない並~かわいい子が分散してしまっているからだろう。
俺が風俗や出会い系に手を付け始めた90年代後半から2000年代前半あたりまでは、風俗や出会い系にも、普通にかわいい子ってのがそこそこいたものであるが、今はそういうのに巡り会うのがけっこう難しくなっているように思えるのは気のせいか。

それからこの夏俺は5年振りくらいにキャバクラにも行った。2件行ったが、どちらも酷かった。デリヘルでこの女が来たら思わずチェンジの呪文を唱えたくなるようなのばっかり付いた。おまえお笑い芸人になった方がいいよ、ってレベルの女もいた。というより店全体の女がどれも正直ヤリたいとも思えない女ばっかでテンションだだ下がりだった。
キャバクラで近くにいてほしくない女しかいない店ってのも終わってるだろう。1時間半もいればデリヘル1回分くらいの料金が掛かるくせにデリヘル嬢以下の女しかいないとか終わってるとしか言いようがない。せめてまともなつまみでも出せと言いたい。

なにかここにきて、女問題がちょっと深刻になってきているような気がしている。いや、結婚などとっくに諦めているのでそういう問題ではなくて、女体欲求解消という面においてだ。
ネット社会が成熟し過ぎてしまってそれが仇となり、規制やらなにやらも含めネットを活用した相手探しが逆に難しくなっているように思える。写真も修正し放題でほとんどアテにならない。
情報が溢れすぎてしまって、どれが真実なのかもよくわからなくなってきている。
金もとにかく掛かる。割高なデリヘル代 + ホテル代を支払って、ドキドキして待っていてもドム、ピグモン、馬ヅラばかりたて続けにきたらそりゃトラウマにもなる。

この夏は久々に女のために散財した。しかもどれもが不発に終わり、欲求不満とストレスばかりが溜まった長雨の夏が終わった。
そしてちょっと難しめの課題だけが残った。



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【2017/09/19 18:34】 | 風俗・出会い系
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ギャン
今回も楽しく読ませていただきました。このご時世、ガールズバーとか行ったほうがいいんすかね?ちなみに、360度違うってことは、一周して同じってことっすか!?(笑)


LIGHTAN
>ギャンさん
ガールズバーはナンパしてた頃の5,6年前に1回行ったっきりで行っていません。よくわかりませんが、ガールズバーみたいなソフト接客系はアラフォーにはいっそう欲求不満が溜まりそうです。
それから360度のご指摘ありがとうございます。あまりの欲求不満と怒りのあまりよく考えないで書いてしまったようです(笑)180度に訂正しておきました。


ギャン
〉LIGHTANさん
ご丁寧に角度を調整いただき、ありがとうございます(笑)

デリヘルだと到着するまでどんなのが来るか分からないんで、いっそお店に行って店の前で張って出社する女子の質を見極めて入店するとかどうですか。

忍耐力としてはナンパとそれほど変わらないような気も。。


ファン
相変わらず面白いです。
異界の者たちて笑

登山記事も楽しみにしてますね!


LIGHTAN
>ファンさん
ありがとうございます。
登山記事の方はネタはあるのですが、画像を選んだり文章を組み立てるのが意外と時間が掛かり、難儀しております。
とはいえ、前回の記事から1か月経ってしまったので、ぼちぼち書いていきたいと思います。

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これだけネット社会が拡がり、ソーシャルメディアの発達、スマホをはじめとするそれらにアクセスするための端末の普及が、これだけ発展、もはや円熟期に入っている感すらあるのに、皮肉なことに出会い系は衰退の一途を辿っているかのように見える。
明らかにひと昔前、ふた昔前より出会えない。つながらない。
原因はとにかく規制されまくってるという現状と、あとは出会い系ツールが色々あり過ぎてよくわからない、分散しちゃっているということだ。
それに拍車を掛けてひと昔前、ふた昔前に比べてケタ外れに若者の人口自体が減少してしまっている。
よくネット記事なんかで若者の〇〇離れというのを見かけるけど、あれは若者がそれに興味が無くなっているというより、若者の絶対数が減っているからにすぎないのは明白だろう。

さて、前回の女を放流後、俺は別の日に久しぶりに池袋に繰り出していた。ちょうど2年振りとなる。2年前の夏にも最近の池袋の風俗界隈はどんなもんじゃろ、と伺った次第だ。
2年前に行ったときも久しぶりの池袋だったわけだが、そのときなぜ行ったかというと、リラクゼーション系マッサージにちょっと興味があったからだ。リラクゼーション系マッサージといってもヌキ有りマッサージで、むろん最後までヤるつもりでいったがあえなく撃沈した。
というか、その時の嬢が、別にブスではなく普通の20歳くらいの女の子って感じだったのだが、あり得ないくらいテンションが低く、まあツンデレというか、いや、デレの部分が一切無かったからツンデレではないな、ツンツン女であった。
終始ムスっとしてるというか、話掛けても反応無しというか、まあ出会い系で会った女ならそういうのがいてもしょうがないってなるが、店から派遣してきてそういう態度はちょっと勘弁して欲しいものだ。

で、それはいいとして、今回は主に出会い系のためにわざわざ池袋にやってきた。あとは池袋界隈の風俗調査、立ちんぼ調査も兼ねてだ。もうとっくに出会い系は死んでいるとはいえ、都市圏ではそれなりに募集はあるみたいなので(まあ9割り以上は業者だが)、もう業者でもなんでもいいんでピチピチギャル(死語)と1発ヤリたい、ヤラせてくれ!って感じではるばる池袋に来てみた。


池袋に着いたのは15時16時過ぎあたりだろうか、とにかくまだ糞暑かった。ペットボトルの水を片手にまずは北口方面をうろつく。
相変わらず人が多いには多いが、ひと昔ふた昔前に比べてなんというかいまいち活気が感じられない。ロマンス通りやらの繁華街からホテル街方面も流したが、こちらもひと昔ふた昔前に比べてなにかこう、精気というか熱気というか色気というか如何わしさというか妖艶さというか、カオス的な、そういったものが感じられなくなった。なんつうか、東京を代表する繁華街のひとつでありながら、斜陽しつつある地方都市のような感じになりつつある。
色々規制が入って呼び込み、声掛けが禁止になったことや、若者の減少、元気のなさなどもその一因になるだろう。
いわゆるギャル、ギャル夫みたいなのがほぼ絶滅したから、常にバカ騒ぎしてるような元気のいい若い連中もいなくなった。よくいえば静かで落ち着いた、悪く言えばありきたりのそこらの地方繁華街になり下がった印象だ。

逆に東口側のサンシャイン通り方面にいくと、こちらも夏休みってこともあって人の数こそかなり多いが、耳に入ってくるすれ違う人々の飛び交う会話に中国語が混ざっていることが多い。よくよく人々を観察すればなるほど、中国人ぽい人が多いのに気づく。ここにいる人々の半数くらいが中国人なんじゃないか、というほどだ。
そして若かりし頃よく行ったゲーセンなどを覗いてみると、もはやほとんどメダルゲームとUFOキャッチャー、少々のプリクラしかない。普通にビデオゲームみたいなものはほとんどない。なのでゲーセンに行ってももはやゲーマーはいない。
パルコの下にあるニコニコ本社とかになっているところも、昔はゲーセンだった。レトロゲームなんかも多く、池袋に来るとよく行ったものだ。
俺が若かりし頃は、繁華街にあるゲーセンは俺のオアシスであり拠点であった。俺はそこそこゲーマーだったから、ゲーセンさえ入ればなにかやることが見つかったし、対戦相手にも巡り合えた。ちょっと一息ついたり、これからこの街でどうしようかなど戦略を考える際にもよく利用したものだ。
現在はそのようなオアシスが壊滅しつつあるのは寂しいかぎりだ。街にあるどこか雑多なカフェ、もしくは静かで落ち着いたカフェでコーヒーを飲みながらケータイやらスマホを眺めているよりも、俺の場合ゲーセンで缶コーヒーを片手に他人のプレイを眺めたり、ときには自分もプレイしたりしてダラダラ過ごしている方がよっぽど落ち着けたし、いくらでも時間を潰すことができた。

そんな物思いにふけりながらも、立ちんぼスポットと言われる場所や北口方面のホテル街などを徘徊しつつ、出会い系にチェックを入れる。まずたちんぼスポットと言われていた場所は、そのような雰囲気はほぼ皆無。ホテル街付近ですらそのような女はまずいない。たまに見かける一人で歩いている女はほぼデリヘルの派遣途中もしくは帰り。一人でホテルに出入りする姿はまるでOLが会社に通勤する風で堂々としたものだ。
それから気になったのが、北口のホテル街のあんな細い道をパトカーが頻繁にぐるぐる巡回していることだ。ロマンス通り周辺でも警官のオッサンが交差点のど真ん中に突っ立って拡声器を使って非行防止みたいなことを訴え続けているし、ここまで警察の目が過剰だとロマンスなどはまず生まれなさそうだ。
この場所だと普通のナンパすらアウトっぽい。

そうこうしているうちに時間は刻刻と過ぎ、6時も回ってきたのでそこらの公園のベンチに座り本格的に出会い系活動開始。
自らの募集と同時に掲示板募集のめぼしいものに手当たり次第メールしていく。
さすがに郊外とは違って募集数、反応数も多い。それだけ業者が多いってことなんだが。
まあもはや業者でもなんでもいい。若くてかわいくてヤラせてくれればなんでもいいんだよ。
とはいえ俺の場合事前写メチェックは必須なので必ず要求するわけだが、相手が業者の場合(まあほとんど業者だけど)、今空いている女が常時変わる、もしくはその場所に都合のいい女などをあてがう理由などなのかわからんが、写メの要求に応じない業者の方が多い。しかしそれだと業者も商売あがったりなので、最近では一応写メは送ってくるが、わざと修正を入れたような写メというか、どうとでも取れる顔、ありきたりの顔の写メを送ってくることが多い。
たとえばギャルメイクの写メを送っておいて、いざ来る女はその写メの女ではなく、その女と似たようなギャルメイクの女が来たりする。
あくまでも似ているのはメイクだけで、実際そこに立っているのはドムやらゲルググやら物の怪だったりする。
なので、写メを2,3枚見せてもらって(相手が業者の場合ほぼ不可能だが)、これは安全パイだというそこそこの自信がないかぎり、待ち合わせ場所に自分が先にいるというのは危険である。
別に断ればいい話だが、断るという行為自体、こちらも正直いい気はしない。そのシーンが焼き付いてトラウマになったりもする。
なので遠目で観てドムだとわかればもうそれ以上見ずにそのドムが記憶にインプットされる前にそそくさとその場を去るのが正解だろう。

それで話は戻るが、池袋での募集で片っ端からメールを送るとすぐに数件から返信がきた。
その募集内容、返信内容、写メを送ってくれと言った後の反応などすべて業者であることはもはや一目瞭然なのだが、こういう大繁華街のいいところは、人通りが半端じゃないため、待ち合わせ場所に自分より先に女を立たせ、隠れ面接が容易におこなえるということだ。
だから、業者のお決まり文句のひとつである「会ってから判断してね」的な案件でも案外気軽に面接をおこなえる。

で、今回も返信が多いとはいえ、あまりめぼしいものもなかったので、時間も時間だしとりあえずこの会ってから判断案件の女に会ってみることにした。
待ち合わせ場所は業者らしく、即向こうから指定してきた。池袋西口公園の前にある、とある店の前だ。
例によってむこうはこちらの服装を聞いてきた。もちろんボカシを入れる。向こうも特徴を言ってきた。しかもご丁寧に赤いバックを持っているときたもんだ。これはこれだけ人が多いからあえてわかりやすいようにとの業者のやり方なのだろう。

そしてその時間指定近くに池袋西口公園に着いた。もう夜の7時半近くだ。相変わらず人が無駄に多い。公園の中心部で2,3人の外人がギターかなにかをもってわけのわからない歌を歌っている。そしてその周りにはたくさんの人。別に外人の曲を聞きにきているわけではなくほとんどは待ち合わせとか喫煙エリアがあるからタバコを吸いにきてるだけとか、座ってスマホをいじくってたりとかそんな感じだ。
あとは外人も含め、怪しい眼つきをしたようなバイヤーみたいな連中もちらほらいる。雑多で下品な公園といった感じであまり長居はしたくない場所だ。

とはいえそんな環境がいい隠れ蓑となり、隠れ面接には絶好の場所だ。もう着いただの着かないだのと数回のメールのやり取りを終え、その女は現れた。
予告通り赤いバックをもってやがるからすぐにわかった。しかし意外にもドムやゲルググといった感じではなく、どちらかというとギャンといった風であるが、顔が東南アジア風の濃い顔つきのような感じがする。遠目ではあるが、遠目で見てイマイチな女が近くに行ってみたら可愛かったということはほとんどない。その逆はある。この目はストリートナンパにより培われた。
つまり遠目で観てブサイクであれば近くで見てもほぼほぼブサイクであるということだ。行くだけ無駄だ。その後トラウマになったりするので精神衛生上もよくない。

こうなればもう、待ち合わせ時間きっかりにこの女を出会い系サイト内にておもむろに「無視リスト入り」するだけだ。そうすると向こうもそれに気づき無駄な待ちをせずに済む。あんた見事に面接に落ちたんだよと知らせてやらねばならん。これがせめてもの思いやりというものだろう。
というか業者であれば業者としてもこれが一番効率的だと思うのだが。郊外だとその待ち合わせ場所にこっちが来てるのを確認してから女を来させるってところが多いけど、会ったところでドムやら物の怪だったらそんなもん断るわけだし、そういうやり取りしてる時間やらお互い嫌な気分になるのが無駄だと思うのだが(断ればたいがい女はムッとした感じになる)。
さりとて待ち合わせ場所にわざわざ出向くのは時間の無駄だし郊外だとガソリン代やら高速代やらけっこう掛かるので、こちらとしては書類選考(写メ)でパッパと選別するのが一番効率的であり手っ取り早いんだけどな。まったく業者って奴は実に馬鹿だ。

その後はもう活動する気力も体力も無くなっていたので、ああ、これから電車で帰るのかったるいなと思いながらも福しんにてラーメンチャーハンセットとビールセットを注文して、やはり福しんは安くて旨いなあなどと思いながら、蒸し暑い夏の夜の池袋駅に吸い込まれてゆくのであった。



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【2017/09/04 17:55】 | 風俗・出会い系
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とにかく木の根の階段を登っていくしかなかった。
さっきまで定期的に出てきた木札の標識も現れなくなった。
というより周りに人工物と呼べるものは無くなっていた。
木の根の階段もより一層厳しくなり、いつのまにか手を使いながら登るようになっていた。

俺は昔20代の頃好奇心で友人と富士山の樹海に入ったことがあるが、真昼間でも山に入って短時間で遭難する感覚というのをその時体感していた。一応獣道のような、歩けるところを歩いてきているのだから帰りはただそこを引き返せばいいじゃないか、とたいがい思うところだが、しかし樹海では中に入って歩いてものの15分やそこらで外の音は遮断され、周りの景色は一様に同じように見える。
そして後ろを振り返れば、獣道と認識して歩いてきたはずの道は、360度似たような獣道だらけのうちの1本にすぎなかったことに初めて気づく。つまりそれは道でもなんでもない、なんの方向性も示さない樹海の風景の一部にすぎないのだ。
そうやって樹海ではいとも簡単に遭難できる。もちろん俺らはその時、木に目印やらスズランテープやらを持って入るなどそれなりの準備をして入ったわけであるが。
一応俺にもこういった経験があるので、山ではいとも簡単に遭難に陥ることは少なからずわかっていたので、これはいよいよ方向性がわからなくなってきたな、と思ったら素直に下山しようという心積もりは持ち合わせていた。

なので、フゥーフゥー夢中になって登りながらも、絶えず後ろを振り返り、今来た道に風景の変わりがないこと、諦めたらそのまま引き返せば元の場所に戻れることを確認しながら登っていた。
とはいえ装備面、事前情報等無謀なことには変わりはない。その辺は重々承知の上で今このブログを書いている。
なのでこのようなマネはしないでいただきたい、と一応断りを入れておく。

さて登山の話に戻そう。この木の根の階段ていうのがとにかくいつまでも続く。そして階段ていっても天然の階段だからその高さの幅が当たり前だが一定ではなくけっこう高いところをよいしょ!と登らなくてはならないところやら、もう折れそうな根っこが踏み場になっている段差を注意しながら登ったりととにかく疲れる。これだったら高台にある神社なんかの何百段とかの階段を登った方がはるかにラクだろう。

しかも依然としてここは登山道じゃないんじゃないだろうか?という疑念は晴れない。後ろを振り向いてもいっこうに登山者の姿は見えない。最近の登山者はけっこう高齢者もいるみたいだが、こんなアドベンチャーしながら登ってこれるのか?と思う。
そして息切れがハンパなくなってきた。少し登ったら休まなくてはならなくなってきた。さらに登る気はあるのに、太腿が上がらなくなってきた。意思とは裏腹に思うように力が入らないのだ。普段慣れていないこのような連続した登り階段を連続して登ったものだから、太腿の筋肉のグリコーゲンとやらが枯渇した可能性がある。

それでもなんとか休み休み、ごまかしごまかし登っていくと、ここであまりにも衝撃的かつこのシチュエーションで見たくない看板が立っていた。

「この先は登山道ではありません。ここから先には行かないでください。」

と書かれていた。
やはりそうだったのだ。俺はどこかの地点で登山道ではない獣道に入ってきてしまったのだ。
俺は頭のどこかでそれを薄々感づいていながらもごまかしごまかしここは登山道なのだ、なぜならここにくるまで標識通りきたからだ、分岐点らしきものはなかったはずだ、と自分に言い聞かせ、ひたすらに木の根のみで形成された階段を登ってきた。

とはいえ、であれば、もっと先に少なくとも木の根階段に差し掛かる前にこの看板立てとけよ、もう危険な思いして相当登ってきちまっただろうがアホが!と見えぬ小鳥のさえずりしかしない静かな山中で独り憤りと虚無感を覚え、もはやこれまで、初一人登山失敗、潔く撤収しよう、と思った。
ちなみにあまりにショックだったため、この立て看板の写真を撮るのを忘れてしまった。

今まで散々野放しだったくせにここに来てこうやって唐突に「この先には行くな。ダメ、絶対。」とか言われると今までは感じなかった冷酷な恐怖心が沸々と募る。そして今まであえて考えないようにしていたかもしれないkumaとかいうクリーチャーの存在が脳裏を横切る。

今ここでクリーチャーに出くわしたら、すでに疲れきって息が上がっている俺はなんの抵抗もすることなく、なすがままにされるだろう。そして昔観たジョージ・A・ロメロ監督のゾンビ映画のように、自分の太腿やら内蔵やらをこのクリーチャーにえぐられ喰われるのを見ながら、俺は丹沢の風となるのだ。

でもなんか諦めきれない、というか腑に落ちないというか。まあ確かに足元を見ればすでにそれは山道というにはあまりにも野性的、超自然的ではあるが、しかし木の根階段以前にそれらしい別の道があったようには思えず。でもまあ遭難てのは得てしてこうやって遭遇するんだろうな・・・

そしてもう一度その立て看板を見てみる。・・・・・・ん?これってもしかしてこの立て看板の裏(見ようによってはわずかに獣道らしきものになっている)には行くなよ、っていうことなんじゃないか?とちょっとポジティブに考えてみる。とはいえ、これまできた木の根階段のその先はその先でもはや崖状になった垂直木の根階段みたいになっている。うーむどうしたものか。


(つづく)



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【2017/08/21 01:58】 | 登山
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夏になると40歳を越えたオッサンでもなんかムラムラしてくる。
実はここ2年ほど女体には触れていないのだが、この夏は久しぶりに女体とのコンタクトを取りたいと思った次第だ。
で、そのコンタクトの方法だが、ひと昔前までなら出会い系か風俗の2択が考えられたが、今はとにかく規制が入りまくって出会い系が死んでいる。一応出会い系自体は存在しているのだが、昔のように素人とコンタクトが取れることはなかなか難しい。

昨今の出会い系など100%援なのはいうまでもないが、それでも素人で若くて並以上のルックスであれば全然問題ではないのだが、現状はデリヘルでも面接落ちするような、もしくはなかなか指名が入らないような女がその業者を通してもしくは自ら営業を掛けて出会い系サイトを利用している有様だ。

いや、最悪業者でもいいんだよ、若くて並以上のルックスであれば。しかし待ち合わせ場所でそういう女が立っていることはまずない。
向こうもドタキャンを警戒してこちらの服装やら車種やら細かに聞き出し、場所も〇〇市〇〇町〇丁目のファミマ、みたいな感じで、こちらが地図で調べないとわからないような地域的限定をしてくるのが特徴だ。自己紹介等で貼られている画像もまず本人のものではない。

で、いつか記事で書いたかもしれないが、今はもはや出会い系よりもデリヘルの方が手っ取り早く時間効率もよく嬢の質も安定しており事前にある程度のルックスが判断できるので、今回もとりあえず一通りネットでデリヘルをチェックしたのだが、なにかこうピンとくるような嬢はいなかった。
それである出会い系サイトにてまだポイントが残っているものがあったので試しにそれを使ってみることにした。

案の定、状況は2年前と同様もしくはそれより悪化している感じだった。デリヘル嬢崩れによる営業掲示板と化していた。
とりあえず自ら募集を出してみたが、これも2年前よりも規制やらNGワードやらが厳しくなっているようで、アダルト版の出会い系でしかも金銭を匂わすような、もしくは体の売り買いを匂わすようなワードを入れてないにもかかわらずNGになって募集停止になっていたりする。

募集掲示板の方ももう業者かどうかなどというのはすぐわかる。文面もだいたい似ているし、画像も撮り方がだいたい似ている。そして人工的にかわいい。(その本人が来ることはまずない)
でもまあそんなことはわかりきっていることなので、とりあえず自分の募集を出しつつ募集掲示板をチェックするというかたちを数時間続け、夜になってもそのまま続け、ある若そうな女とコンタクトを取った。
この女も文面、画像、地域的限定待ち合わせなどでまあ90%以上は業者だろうなと思った。服装やら車種やら色やらしっかり聞いてくる。俺もまあそこはある程度場数を踏んでいるので、少し的を外した回答をしておく。相手の正体がまったくわからない以上、いつでも逃げられる、バックレる態勢は取っておかないと危険だ。

とりあえず準備をし、相手が指定してきたある国道沿いのコンビニに向かった。
国道沿いのコンビニというのは案外厄介だ。遠目からコンビニを観察するだとかとりあえず別の場所に車を置いてみたいなことがやりにくい。
しょうがないからそのコンビニの駐車場に停め、到着メールをし、女を待った。
このコンビニの駐車場は割と大きめでしかもすでに車が7,8台停まっていた。
この車のどれかが業者の車でそこからこの女が降りてくるのか?とも思った。
とにかくまあ声などの確認もできないので、どんなのが来るのか、ヤバいのが来るのか、この待ってる時間は結構ドキドキものである。

ほどなくして女が歩いてきた。今時ではその辺ではあまり見かけない金髪に近いような茶髪ギャルだった。
ショートパンツを履いており、お世辞にも細身とは言えないがドムというわけでもない。上がなんかダボっとしたYシャツのようなものを着ており、上半身の太さがよくわからないが、顔も少しポチャっとしてる感じから体型もポッチャリしている危険性が高い。
まあどちらにしろ俺は今となってはギャルは好みではないし、ポッチャリ系も好みではないので放流方向に心が傾いており、隙をついてそのままバックレようかと思ったが、その女がこちらに向かってる途中である男が車から降りてきてその男となにやら話始めやがった。
うわ、思いっきり業者じゃねえかこいつ、変にバックレでもして追いかけられてきても面倒だな、と思い観念してその男とのやり取りを終えて女がこちらに向かってくるのを待った。

女はほとんど躊躇することなく俺の車の助手席のドアを開けて乗ってきた。
躊躇もためらいもない、いつも通りな感じで乗ってきた。業者は確定的だ。

「今知らない男からいきなり声掛けられてきてめっちゃ恐かったんだけど」
と女は言った。

俺「え、あの人知り合いじゃないの?そっち業者じゃないの?」

女「違うよ、なに言ってんの?全然知らない人だよ。美人局(つつもたせ)とでも言いたいわけ?」

俺「美人局とはまた粋な言葉知ってるね」

女「なに粋な言葉とか」

だのとどうでもいい会話をし、まあ実際あの男は本当にこの女には関係のない男だったのかもしれないが、そんなのはどうでもよく、結局この先も業者特有のトークで
「今日あんまり時間がないんだよね、長くても1時間くらいかな」
だの
「ホテルはここ曲がってあっち」
だの
「車の中でも大丈夫だから」
だの
「そこらの駐車場に停めてヤッてもいいから」
だの、興ざめ&業者トークオンパレードで、さらにいくら若いとはいえ、ポッチャリ系+金髪+サバサバ系の女は俺のもっとも苦手とするタイプですでに放流モード全開だったわけだが、そのままホテルの前を通過してどうしようかなーとか言っていると、
「え、何してるの?ホテルいかないの?こうしてる時間もったいないじゃん。やめる?いいよ別にやめても」
とか言いやがるので、内心「ヨカター」と思った俺は「じゃあやめよっかなー、やめるわ」と言ってめでたく放流性交いや成功となった。

まあとにかく今の時代、オッサンが金をかけたところで素人と出会ってセックスするのはなかなか難しい。ヤリたいからってただソープに行ってヤるだけでは真のセックスの快楽は得られん。とはいえ婚活サイトやら婚活パーティみたいなのでだらだら付き合ってどうのこうのみたいな、ラインのやり取りやら毎週末デートみたいな面倒なことは今更したくない。
いやそんなのはしょせん恋でも愛でもないんだよ。妥協した時点でもう真実の恋でも愛でもないんだ。
恋愛ってもんはな、妥協とかじわじわとかいつの間にかなんとなく好きにとか、そういうもんじゃねえんだ。
恋ってもんは落ちるんだよ、思いがけなく落ちる。事故のように突然落ちる。フォーリンラブだ。
それは別に素人じゃなくてもいいんだ。デリヘルでも遭った瞬間に波長が合うか合わないかデキるかデキないかがだいたいわかる。
いやむしろ素人で底なし沼に落ちて泥沼化するよりも、デリヘルで一時のフォーリンラブの方がよいかもしれん。
いや、たぶんそっちの方がよいと思う。泥沼化する前にその嬢がいなくなっているくらいがちょうどいい。後腐れがないってのも大事。いい思い出だけで終わる。悪くない。



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【2017/08/15 15:41】 | 風俗・出会い系
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Re: タイトルなし
LIGHTAN(ライタン)
何か月もブログ更新が滞ることが度々あるにもかかわらず、長年読んでくださりありがとうございます。
私も四十路となり、何事においてもモチベーションや感動が薄れつつあります。
なので、気が向かないとなかなかブログを更新しようという気にもならなかったりしますが、でもくだらないネタは色々とあったりするので、今後も気が向いたとき、時間があるときに更新していこうと思いますので、暇な時に読みにきてみてください。




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「・・・こんにちは」

その登山者らしき40代くらいのひょろっとした男が俺を見て挨拶してきた。
「こんにちは・・・」

俺も挨拶した。この男は服装が俺とは違い山仕様であり、トレッキングポールもしっかり持っていて、このあたりの様子を一通り見ているようだった。
俺は、ヤビツ峠からかれこれ1時間以上歩いてきたので、あの石碑の上で座って休憩しようと思った。
しかし石碑に行ってみると大きいザックが立てかけてあり、この人のだろうなとちょっと座るのを躊躇していると案の定この人が戻ってきて座り休憩していた。
おそらくこの人もこの三差路だか四差路の他のルートから俺と同じようなタイミングでここに来たのだろう。
なんか他に人のいないこの狭い石碑の上で二人っきりでここに座るのも嫌なので、俺はとりあえずこの周辺を見回してみることにした。
この三差路だか四差路には一応標識が立っているのだが、分岐が多い上にこの標識の方角がどちらとも思えるような微妙な方角を示していたので、はてどの道を行ったらいいものかとここで悩むことになってしまった。

IMG_1392.jpg





石碑に座っている男に聞けばいいわけだが、なにか色々な意味で恥かしさがあり、また話掛けて今後登山中で度々顔を合わせた時になんとなく気まづくなるのも嫌だなと思い、とりあえずこの場所でスマホ(圏外)でも弄りながら時間を稼ぎ、この男に先に行かせてついていくことにしよう、と思った。

ほどなくしてこの男は休憩を終えて立ち上がり、獣道のようなところを登っていった。

IMG_1388.jpg

いや、俺ももしやここでは?とは薄々思っていたものの、あまりにも獣道であり、一応人が登っていけるような感じにはなっているが、なにか林業用とか、地元の人用の道かと思っていた。
標識の向きも曖昧で、二つある標識の下が「三ノ塔」と書かれているのだが、これがどちらを示しているのかがよくわからない。ここがこの獣道とまっすぐの道しかなかったらわかるが、このほかにも2本アスファルトの道があり、こっちだろうなって道があまりにも獣道だったので、ここはさすがに迷い、この男に頼った次第だ。

でもまあこの男が先陣を切ってくれたおかげでこの道は登山道なのだな、ということがわかり、とりあえず俺もこの石碑の上で10分ほど休憩し、この男に続いた。

IMG_1395.jpg

これまでのアスファルトの歩きやすい道からガラリと風景が変わった。一気に山本体に入り込んだな、という印象を受けた。
そして危険度も一気に増した。足場も悪い上、なにかブンブンうるさいなと思ったらすぐそこにスズメ蜂だかのでかい蜂の巣があったりした。
そして木々の間を縫うようにしてひたすら昇りが続き、登るほどに山の形相は険しくなり、俺の息は上がっていった。



先陣を切った先ほどの男の姿が見えないので、さすがだなあ、だてにトレッキング仕様の恰好をしていたわけじゃないな、と思っていたが、先ほどの石碑のところから30分くらい登ったところでその男が倒れた木の上に座って休憩しており、
「・・・あ、ごくろうさまです。。。」
などと言ってくるので俺も
「お疲れ様です・・・」
と返した。
俺はその男の前を通り過ぎ、黙々と登っていった。

しかし行けども行けどもいっこうに拓けたようなところに出る気配もなく、それどころか山道はどんどん険しくなっていっているように思えた。

IMG_1397.jpg





そしてついにはこれまで人工的に階段状に区切られていた木ではなくなり、その階段状に区切られていた木がいつの間にかただ木の根が折り重なって一見階段状に見えるようになっているものになっていた。

IMG_1399.jpg

さすがにちょっとこれは一般的な登山者が登る登山道ではないのではなかろうか?そもそも登山道なのか?ハァーハァーゼェーゼェーと息を切らして必死に登っているうちにどこかで分岐を間違えて本当の獣道に入ってしまったのではないか、と思った。



とりあえずここいらで休憩を取り、さっきの男が登ってくるのを期待した。しかしその男はいっこうに姿を見せず、その後もその男を見掛けることはなかった。
あの男は見掛け倒しであの後下山したのだろうか?それとも俺を騙すためにあえてあそこまで登ってみせたのか・・・?!

一気に心細くなった。あの男どころか他の登山者も後にも先にもいっこうに姿を見せることはなかった。
とにかくひたすらに山の静けさと見えない小鳥のさえずりだけが、ただそこにあった。


(つづく)



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【2017/07/14 16:01】 | 登山
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感想
地獄男ウォッチャー
こ、こわい。。

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登山当日は朝5時半頃出発した。
登山コースは表尾根コースと言われる、ヤビツ峠→ニノ塔→三ノ塔→行者ヶ岳→塔ノ岳山頂というコースだ。
このヤビツ峠から塔ノ岳山頂に登るルートは、数ある丹沢山系登山ルートの中でも人気コースのひとつらしいのだが、バスでヤビツ峠まで来た人は塔ノ岳山頂から大倉尾根コースなど別のコースで下山できるが、俺のようにマイカーで来た人はピストンするほかない。
東名高速を西に行き、途中海老名SAで朝食用のおにぎり1個と山頂での昼食用のやきそばとおにぎり1個を買った。

最寄りICである秦野中井ICには7時過ぎ頃着いた。高速を降りると、小中学生が登校する姿をちらほら見かけた。
秦野中井ICからヤビツ峠までは車で20分ほどで到着した。

ヤビツ峠


この閉まっている売店の前にわりと立派なトイレと30台くらい停めることができる駐車場があり、とりあえずここで用を足し、この先にも駐車場があるみたいだが、昨日ブログを眺めてたらここに車を停めてここから登山口まで歩いて行っていたブログがいくつかあったので、この先の駐車場が満車だと面倒なので、俺もここに車を停めて行くことにした。

このヤビツ峠までは車でほぼ登りのみだったのだが、この駐車場からとたんに下りになった。
まあ峠というもの自体、後でWikipediaで調べてみたら、「峠(とうげ)とは、山道を登りつめてそこから下りになる場所。」らしいので、まさにといか、これこそ峠であり、間違っていないのだろう。
しかしその時の俺は、歩きながら、せっかく登ってきたのにこんなに下ってきていいのだろうか?さっき横道(柵あり)があったけど、あっちだったんじゃないだろうか?と多少不安になっていた。
でもまあ俺にはスマホがある。こいつで昨日見たブログだのgoogle earthだのyahoo!地図だので調べれば大した問題でもなかろうとたかをくくっていたのが、ここで重大かつ致命的かつ基本的な認識ミスを犯す。おもむろに開いたスマホの画面は圏外だった。
いや、圏外の表示が出た瞬間、「しまった・・・・・・・・・・・・・!」「そりゃ、だよね・・・・・・・・・・・・・!」と即納得した。
あまりにも平地に慣れ親しんでしまっていた生活をしていたため、すっかり忘れていた。
そこそこの人里離れた山間部などにいけば、スマホはネット機能はもちろん、普通に電話としても機能しなくなる可能性はいまだもってしても大だということを。

しかしまあ、基本スタンダードな登山道を登っていくだけだし、標識通りに歩いていけばなんとかなるだろ、と思っていたが、20分くらい下って歩いてもなかなかそれらしき標識が出てこず、やはりさっきの横道(柵あり)が正解だったのか、ここからまた戻って登っていくの面倒だな、もう山登りしないで帰ろうかな、とか色々考えていたところにそれらしき標識と上り坂が出現。

見晴らし橋


どうやらこれが登山口に繋がってるっぽく、とりあえずホッとする。
しかしこの安堵感がのちに致命的なミスにつながろうとは思いもしなかった。
俺はもうなんの疑いもなくこの緩やかな坂道をうっすらと心地よい汗をかいて登っていった。

先ほどの画像の場所から30分は歩いただろうか、見覚えのある駐車場に到着する。菩薩峠の駐車場だ。
見覚えのあるというのは、前日に塔ノ岳登山について検索していたときに誰かのブログでここに車を停めて登山したものがあったからだ。そして柵を越えて林道を歩いてくようなことも画像とともに記事にあったので、俺はなんのためらいもなくこの駐車場の先にある柵を越えて歩いて行った。

菩薩峠


しかしヤビツ峠から塔ノ岳を登る登山口は、実はこの菩薩峠の駐車場の手前にある。
それは下山したときに知ることになる。
しかし今の俺にはそんなことは知るよしもなくどんどん進み、途中で相模湾と思わしきビューポイントも出てきたりして、俺の中ではとっくに登山が始まっていた。

相模湾


だが、登山が始まってるにしてはなんというか、いまだに歩いている足元はアスファルトのままで、さらには平日とはいえ人気コースと言われている割にはいまだ1人も他の登山者に会っていないし、後ろから来る気配もない。
とはいえ、この前の高尾山なんかと違って誰でも気軽にこれるようなところでもないし、こんなものなのだろうとさほど不自然に感じることもなくどんどん歩いていった。
しばらく行くと道に柵があり、その先は道が少し拓け、なにかの碑が立っていた。
そしてそこでようやく登山者らしき人に遭遇した。

碑


(つづく)



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【2017/07/12 01:15】 | 登山
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先日の高尾山登山が思いのほか楽しく、また登山はこれからジジイになっても気軽に一人でも(ここ重要)できる趣味・スポーツなのではないかと思い、今度は一人で別の山に登ってみようと思った。
そこで次に登る山はどこにしようかということになるのだが、正直高尾山は序盤こそ戸惑ったものの、全体を通してみれば楽勝だったので、高尾山よりワンランク上の山に登りたいと思った。

ネットで「初心者登山」とか「高尾山の次に登る山」とかのキーワードで検索してみると、たいがい引っ掛かってくるのが筑波山、それとか御岳山などの奥多摩周辺の山々だ。
筑波山はいざとなったらロープウェイもあり、標高も900m以下と手軽であり、首都圏から近いということから、確かに高尾山の次の山としてはうってつけなのだろうが、前にも書いたとおり俺は小学生の頃とはいえすでに3回くらい登っているのでもういいかな、と。次に奥多摩周辺だが、こちらもブログには書いてなかったかもしれないが、ここ2年連続であきる野市方面に蛍を見に行っているので、こっち方面もしばらくはいいかな、と。
で、ネットであれこれ探しているうちに「やまクエ」というサイトに当たった。これはまあドラクエ風に山の登山難易度をレベル表示してあり、あとは大まかな総歩行時間、歩行距離、標高差、山頂標高が表示されており、人気順にランキング付けされているものだ。
実際登山された方々のコメント欄もあり、これはなかなか便利だなということでここを参考にして選んでみることにした。

選ぶ登山の条件として次の点をクリアしていることを前提条件とした。
・関東近郊であること
・自宅を出て自宅に戻るまで、日帰りで完結できること
・登山口付近の駐車場まで自家用車で行けること
・特別な技術や用具(クライミングやアイゼン、ピッケルの使用など)を必要としないこと
・高山病にかかる可能性のあるような高山でないこと
・登山レベルが筑波山と同等以上であること

そうすると、人気ランキングに、大山、塔ノ岳、鍋割山など丹沢山地にある山々が上位にランクインしていた。
ただ気になるのが難易度レベルだが、いずれも40オーバーとなっており、ドラクエを知る者にとってレベル40といえば「ラスボスダンジョンレベルじゃね?」となるのだが、どうもこのサイトはそのへんの感覚がドラクエとあまりリンクしていないというか、例えば先日登った高尾山が初級となっていながらもレベル31だったり、筑波山もレベル39だったので、40を越えても登山初心者とはいえさしておののくレベルではないのかな、と思った。

ちなみにレベル50を越えてくると、テント泊や山小屋泊など1泊2日を要するものがほとんどになってきて、そのような山はレベル90を越えるところも少なくない。
1泊2日の富士山でレベル65、1泊2日の槍ヶ岳でレベル72、1泊2日の剣岳でレベル90といった感じだ。

それで、丹沢山地というのは俺の中では昔、地理かなにかの学校の授業レベルで名前は聞いたことがあるくらいの知識しかなく、どの辺に位置しているのかもよくわかっていなかった。
しかし調べてみると、東名高速の海老名JCTを過ぎて近い位置にあり、秦野中井ICを降りてからもアクセスしやすい位置にあったので、丹沢山地から選ぶことにした。

大山、塔ノ岳、鍋割山のどの山にするか迷い、鍋割山の山頂の鍋焼きうどんも非常に捨てがたかったが、塔ノ岳の表尾根コースという尾根を歩いていくコースが、変化に富んでいて見晴らしも良く飽きがこないという評判だったのと、事前に
山登りはじめました 著 鈴木ともこ」という本を読んでいてその中に塔の岳に登った話があったので、塔ノ岳に登ることにした。

やまクエの口コミで、後半足が棒になるだの膝が笑いっぱなしだのともやしっ子みたいな書き込みがいくつかあったが、そんな奴らは普段まったく運動をせずにファストフードばっか食ってタバコ吸いまくってるようなのがノリで登ったんだろう、と思った。ただコース時間6時間15分といのが多少引っ掛かったが。

さて、あとは前日に、というか、山に登ろうと思ってた日の前日に明日どこの山に登ろう?って感じで選んでおり、塔の岳の情報、登山ブログなどは前日の夜にざっとチェックした程度だ。また、服装、持っていくものなどは基本前回の高尾山を踏襲し、動きやすいカジュアルな服装に15Lのデイパック、それと先日活躍したコロンビアのトレイルランニングシューズ、ブログなどでけっこう汗を掻くようなことが書いてあったのでタオル、水1,250ml、アクエリアス500ml、おやつ、といったところだ。

ほぼこれでいこうと思っていたが、ブログを読んでいると梅雨の時期は丹沢はヒルが多いというようなことが書いてあり、木の上から降ってくるようなこともあるようなので、やはり帽子は必要かな、と夜7時過ぎにショッピングモールに登山用帽子を買いに行った。
ついでにヒル除けスプレーを買おうと思ったが無かったので、替わりに消毒用エタノールを買ってきた。


また、山を舐めていた。


(つづく)



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【2017/06/28 13:27】 | 登山
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地獄男ウォッチャー
次回楽しみにしてます!

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高尾山2

生まれてこのかた40歳になるまで登山などまるで興味がなかった。とはいえ山自体が嫌いというのではなく、温泉などは山に湧き出る強めの温泉が好きだし、また山菜やジビエ料理も好きなので、山自体はけっこう好きな方である。
しかしもっぱら登山といえば車で登るのが専門で、今まで登山らしい登山をした記憶といえば、小学校の時の学校の遠足や少年野球で登った筑波山くらいだ。
その時もまあ子供だったからというのもあろうが、特に楽しいとも思わなかったし、その後も20歳を過ぎても30歳を過ぎても登山などまったく興味の対象とはならなかった。
いや実際40歳になってもそうだった。

しかし、1、2年前に70歳手前となる母が、友人やらウォーキング仲間やらが高尾山に行っただの、みんな行っているのに私は行ったことがないだの、〇〇さんは何度も登ってるんだって、だの、なにげに強くプッシュしてくるので、俺は「そんな何度も登っているのなら、今度〇〇さんが行く時に一緒に連れていってもらえばいいじゃん」と軽くあしらっていた。

ここ数年、山ガールなどの用語ができるほど登山人口は増加しているようで、俺も高尾山人気はネットなどからたびたび耳にはしていた。
とはいえ高尾山などにまったく興味がなかった。

だが、母がいよいよ70歳となり、今はウォーキングなどをしているおかげで足腰に問題はないが、70歳も越えればいつどうなるかわからんということで、母の日も兼ねてゴールデンウィーク明けに母を連れて高尾山を登ることになった。

登山に興味のない俺の勝手な高尾山のイメージとしては、ちょっとしたネットの記事やらなにげに流れてくるテレビのちょっとした画像などから、登山者の恰好がそこそこ登山者風であり、高尾山に近い八王子JCTなんかをたまに通ると、そこそこ山深い感じなので、ある程度、まあ筑波山くらいの登山距離、体力を想像していた。
だが、当日が近づくにつれネットで情報を集めていると、小さい子供なんかも普通のスニーカーで登っているし、途中までケーブルカーないしリフトがあるのでそんな大げさな装備はいらないと思った。
しかし、俺はスニーカーといえば普段ジョギングで使用しているランニングシューズしか持っていなくて、ほかに持っているスニーカーといえば機能性を無視したカジュアルなものしかなかったので、この機会にとりあえず軽い登山用というか、ハイキング用のシューズを買っておこうと思った。

とはいえ、たかだか高尾山を登るのに本格的な登山用ブーツみたいなのは大袈裟なので、もっと軽めでライトなやつを買おうと思った。
とりあえず近隣のスポーツ用品店なんかを回ってみたが、登山用は案外種類を置いてなかったり、案の定、サイズが無かったり(俺の足のサイズ28.5cm~29cm)して、結局登山用品店が多く集まっているという神保町までわざわざ行き、ある登山シューズ専門店にてトレイルランニングシューズなるものを購入した。

コロンビアシューズ

ここでトレイルランニングシューズとはなんぞやということになるが、トレイルというのが舗装路以外の山野を走るものを指すことらしく、つまりそれ用のランニングシューズというわけであり、登山というより山野をランニングするためのシューズである。

一般に登山用シューズというのは地味なものが多く、頑丈に作られているためそれなりに重さもあるが、トレイルランニングシューズはジョギングシューズのようにカラフルなものが多くデザインもカッコいいものが多くて、そしてなによりも軽くて歩きやすいのが気に入った。
それからザック(今はリュックとはいわず、ザックというらしい)も持っていなかったので、15Lサイズの小さいやつ(高校生が通学でしょっているものより一回り小さいくらい)を購入した。


そして登山当日。車で行くのなら今高尾山へのアクセスは圏央道とC2(中央環状線)の全面開通により以前に比べて格段によくなっていると思われる。連休中の渋滞や事故渋滞さえなければ、ほぼストレスフリーで行ける。
駐車場も登山口から直近の場所は平日でも10時過ぎに到着して満車であったが、そこからちょっと離れればいくらでも駐車場はあった。

しかしまあ平日とはいえさすがは高尾山、人が多い。正直これほど人が多いとは思わなかった。
登山口であるケーブルカーの清滝駅の前で親子でうろついていると、突然「写真撮ってもらっていいですか?」なんて若い女から声を掛けられ、向こうは女3人パーティで、向こうもどうやら姉妹と母親という親子パーティらしかった。

「いいですよ・・・!」

などと普段はまず見せないであろう爽やかな登山者風情を演じた笑みを浮かべながらそれに応じると、

「あ、撮りましょうか!?」

などとその若い女は軽やかにそして自然に右の手のひらを差し出してきたので、
「じゃ、じゃあお願いします・・・」
と俺もその若い女にスマホを渡し、いきなり自動的に清滝駅前での親子の記念撮影会となった。

俺はこれまでも誰か連れがいると案外写真撮影を頼まれることが多い。まあ背が高くて目立つからというのと、なんかおとなしそうな感じだからだろう。
でもまあそれは誰か連れがいることに限られていて、一人でうろついているときはまず声を掛けられたことはない。

そして無事記念撮影会が終わり、てっきり途中までケーブルカーで行くものかと思っていたが(俺はそのつもりできたし事前に母にも伝えていた)、母が突然「ここから歩いてもいけそうよ」などと言い出したため、「え?!ここからだと結構歩くよ?高尾山っつったって山だし一応登山なんだからさ」と言ったのだが、友人も下から歩いて登っているみたいよ、などと言い出し、多少不安もあったがケーブルカーを使わずそのまま歩いて登ることになった。コースは一番スタンダードな一号 表参道コースだ。

歩き始めて10分くらいで、あれ、案外キツいな、と思い始め、さらに10分ほどで軽く息があがるほどになった。
道は完全に舗装された道ではあるが、傾斜はどんどんきつくなっていき、普段山登りなどまったくしない俺はけっこうフゥフゥ言いはじめ、母に「案外キツいねw」などと言うと母もけっこうキツそうであった。
いや、周りを見渡せば俺同様に舐めて掛かっていたであろう奴も多そうで、汗だくになって深刻そうな顔をしている小太りなオッサンなんかもいた。

そしてケーブルカーでいうところの清滝駅と高尾山駅の中ほどに金比羅台という見晴らしのいい場所があるのだが、ここは本道から少し外れて行くわけだが、なぜか俺らはそっちに行ってしまった。
こっちは道が階段状になっており、その階段の一段一段の高さの幅が広く、ここまでですでに結構息が上がっていた母がこの階段の途中で「この段差はきつい。もう登れない」とか言い出しやがった。
とりあえずその場は手を差し伸べて母を引っ張り上げた挙句、あ、展望台はすぐそこだよ、階段ももう終わりそうだよ、などと母を励ましなんとか金比羅台に辿り着いた。
ここにはベンチなんかもあり、見晴らしも良く、座って早速小休憩となった。

やはりケーブルカーで行くべきだったか、と正直後悔していた。すでに汗だくだ。母がじゃなく俺がだ。タオルで体中を拭きまくる俺。この段階でまだケーブルカーの終点である高尾山駅の中腹ほどだし、そことて頂上までの中腹なのだから、この調子で行けば母はもとより情けないことに俺も厳しい。
週一くらいとはいえ普段5kmくらいジョギングしてるからまあ余裕だろ、と高尾山を舐めきっていたが、高尾山といえども山道を登るというのはやはり平坦な道路を歩いたり走ったりするのとは訳が違うのだと思い知らされた。
俺はザックの中は上に羽織るものと水くらいしか入っていなかったが、用意のいい母は凍らせたアクエリアスのゼリー状のものやおやつにチップスターなどを持ってきており、それらをもらって失った塩分とアミノ酸を補給した。

この小休憩で体力がけっこう回復し、再び歩き始めた。
あのきつい階段はあそこだけで、その後は登場しなかった。
というか、ここを過ぎるとあとはさほど苦もなく高尾山駅に到着し、高尾山駅から高尾山薬王院、そこから山頂までの道のりというのは、登山というよりほとんど観光地巡りのようなものであり、俺も母も息があがるようなこともほとんどなく、序盤のキツさを考えれば、ちょっと拍子抜けに近い感じで山頂に到着した。

そして山頂。平日にもかかわらずとにかく人、人、人である。
山頂の動画↓


もう普通に観光スポット。そして山頂と山頂周辺には、蕎麦やカレーなどが食べられる食事処が点在し、トイレもあるし、山頂の広場にはご丁寧に水道の蛇口まであるw
1,000m以上あるようなそこそこの山の山頂ではこんな親切なところはまず無いだろう。
都内近郊から気軽に来れて、山道も山頂も至れり尽くせりとなれば、人気が出て当然だ。

山頂で高尾山名物であるとろろそばを食べるのも良いな、とは思っていたが、食べログなどで先ほど記念撮影をした清滝駅前近くにある高橋家という蕎麦屋の評価が高かったので、下山後そこで食べることにした。
が、期待値が高過ぎたのか知らんが、案外普通であった。
でも下山途中で食べたこれも高尾山名物、天狗まんじゅうはかなり美味しかった。

下山はまた母が、このまま歩いて下まで行けそうとか言ってきたが、下りのリフトがなかなか面白いという情報を得ていた俺は下りはリフトで降りようと強めに提案し、リフトで降りることになったが、想像以上に楽しかった。2人乗りのリフトなんだが、まあ空いてたし別に1人ずつ乗ってもよいのだが母と2人で乗り、俺の方が体重があるからけっこうリフトが俺の方に傾いて、ポケットからスマホが落ちそうになるしなにげに少し怖かったw
まあでも母も楽しかったと言っていた。

さて、こうしてなんとか無事、高尾山登山を終えたわけだが、思いのほか、想像以上に登山を楽しめた。そしてトレイルランニングシューズの履き心地がかなり良かった。
定期的にジョギングをしているおかげか、翌日なども筋肉痛になることもなく、また近いうちにこのトレイルランニングシューズを履いて登山をしてみたいと思った次第である。



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【2017/06/21 22:42】 | 登山
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2013年のアベノミクス相場から2016年末のトランプ相場にかけて、米国相場の堅調やアベノミクス・東京オリンピック相場に支えられたとはいえ、プチショック的なものが数回おとずれた。
2013年5月のバーナンキショックやその後のチャイナショック、昨年のイギリスのブレグジットショックなどが主なものであろう。
そういうショックに俺は常にポジションを持っており、ほぼ全力であり、常に全弾浴びてきた。
そしてその都度追証にはご丁寧にもできるかぎり応じてきた。
結果、2016年末において、2013年からの3年間で俺の負債額たるや、新車の普通車を一括で買えるほどのものになった。
俺こんなに金持ってたんか??と驚いたが、実際そういう数字になっている。

新車の普通車ってよくわからんってことでもっと具体的に言えば、プリウス、いや、プリウスαの最高グレードをフル装備で買ってもおつりがくるよ、ってことだ。
薄目戦法でごまかしてきても、年度末の年末調整ですべてが明るみになってしまうのだ。

そんなこともあり、あとは諸々の理由で今は株式市場から距離をとっており、さらに諸々の理由で今は主にFX取引を主としている。
で、現状、勉強状態というか、あまり動けていないというか、トントンくらいだ。
というか、株式の負債が若干まだ残っていたりして、口座の出入りが常に激しい。
自転車操業に近い。大半の時間はガソリン抱えてローリーに乗っていないと死ぬ。
仕事も資産も人物もなにもかも危険物だ。

兎にも角にも、相場に関してはいまだ模索中、暗い樹海の中を彷徨っている最中であり、いまだ明確な一筋の光すら見えない。
とりあえず相場に関しての現状はこんなところだ。
ここ4年くらい、相場のおかげでモヤモヤしっぱなしだった。
いや、これからもまだ続くのだろう。とはいえ明確な出口もなく、見当たる目途もなく、50歳への坂をばく進中である。
相場の話はとりあえずここいらで一端区切りとしたい。



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【2017/06/18 15:36】 | 投資
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また更新が1か月以上滞ってしまった。
とにかく日々色々と忙しく、「あー暇だなー、今日何しよう?」なんて日は1年を通して365日無い。
そのほとんどが仕事で潰れるわけだが、あとはまあ家事全般というか、買い物だとか掃除・洗濯だとか、美容室、歯医者、病院、実家に帰ったり相場の勉強だとかでとにかく暇が無い。

だからなにかブログに書きたいようなことがあってもそれを文章にまとめて書いている時間が無いので、そのまま日々の忙しさの中に埋没してゆく。
そうこうしているうちにあっという間に1か月が過ぎ、3か月が過ぎ、半年が過ぎ・・・となってしまう。
しかしそんなことをしていたら相場の話でもなんでも、いっこうに現在に追いつけない。
そんなわけで、当初はアベノミクスが始まった2013年から現在までの俺の相場との取り組みをそこそこ詳細に、そしてちょっとした私小説風に書いていこうと思っていたが、先に述べた通りなかなかそのような時間が取れないのと、また、淡々とと相場の取り組みをブログに書くのは相場に興味が無い人は読んでいてもあまり面白くないだろうし、書いている本人も案外退屈というか、それこそ仕事で文章を書いているような感覚になってしまうので、とりあえずここいらで今までの大筋を書いて、ブログはなるべく直近の出来事を中心に書いていきたいと思う。

まず前々回のブログの東京オリンピック相場の件だが、東京オリンピック決定から初日の相場で、日経平均から不動産から建設からと、どれもこれもオリンピック関連銘柄を中心に大きく窓を開けてギャップアップして始まったわけだが、不動産は午前中で早くも天井を打ち、さっさと垂れてしまった。
そこでまあとりあえず利益確定はできたのだが、本命は建設株であり、その後年末にかけて建設株は大いに盛り上がった。
俺はその相場に乗り遅れたが、それでも相場全体がオリンピックで湧いており、今まで負けた分はまだまだ取り返せなかったものの、そこそこ勝てた。

2013年~2014年というのはとにかくスマホ関連株が盛り上がった。
ガンホーから始まりゲームだのタッチパネルだの指紋認証だのMVNOだの格安SIMだのと日替わりでどこかしら噴いていた。
ガンホーには乗り遅れたものの、MVNO、格安SIM関連である日本通信はそこそこ乗ることができ、ほぼマイナス分をチャラ、一時的にはプラスにすらなり、調子に乗って200万近くあった口座残高を信用全力で日本通信を買い漁り、しかしその2日後か3日後に日本通信が実はまったく儲かってません決算を発表しやがって、翌日の気配値はストップ安、そして1,200円以上あった株価が3か月ほどで約3分の1の430円まで下がった。

とにかくとんでもないスピードで落ちていった。トイレ行って戻ってきたらもう100円とか落ちてた。
俺は200万の信用全力だから、700万くらいの買付余力があったわけでそれを全力。
すべて1株1000円以上のときに買ってるから、まあ5,000株か6,000株くらい持ってたと思う。
だから、ウンコして戻ってきたらもう50万とか60万とか飛んじゃってる。
だからまともにネット口座の「現在の評価額」「信用建玉一覧」などとても直視できない。
入金などで(もちろん追証)どうしてもその画面に行かなくてはならないときは現実などとても受け入れられないから、薄目にしてさらにその部分を手で隠してた。

さっさと損切りすればいいだろアホが!と誰もが思うだろうが、こう音速でナイアガラの直撃をしかも全力ポジションとかで受けるともうまともに脳が働かなくなるんだ。本当に思考が停止する。本当にフリーズするんだよ。指を動かせだのという指令はまず脳から発せられることはない。ストップロスを置いとけってことなのだが、しかしえてして初心者はそれができない。頭ではわかっているのにできない。
1発ナイアガラを喰らうともうここから損切ろうって気にはなかなか人間なれない。損切りってことはそこで損を確定してしまうことだから、それを実行するのは本当に難しい。しかしそれを実行できぬ限り、相場の世界ではいつまでも初心者であり、いつまでも食いものにされるわけだ。

おっと、サクっと終わらせるつもりだったが案外長くなってしまった。続きはまた後日ということで。



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【2017/06/09 17:15】 | 投資
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最近の俺のブログは相場回顧日記になってしまっている。
それは現在に至っても相場が生活の中心になりつつあるのでそういうことになっている。
とはいえトラック運転手の仕事を辞めたわけでもなく、引き続き独身であり彼女もいないし作る気もない。
まあ過去の相場の回顧録ばかり綴っていても退屈なので、ちょっと最近の俺について書きたいと思う。

生活的にはナンパに励んでいた5,6年前とさほど変わってはいない。相変わらず酒は好きで飲むが、やはり若干弱くなった気がする。気持ち悪くなったりということはないのだが、すぐ眠くなるし、もうお腹いっぱい、飲まなくていいや、ってなる。
あと翌日にアルコールが残りやすくなったので、夜中出勤の時などは4,5日まったく飲まなかったりする。

週1ペースのジョギングはなにげに3年くらい続いている。軽い筋トレも続いており、おかげさまで20代の頃と体重はさほど変わっていないし、中年太りにもなっていない。

とはいえ、兎にも角にも40歳を過ぎていよいよというかまあどこからどう見てもザ・オッサンになった。
35、36歳くらいまではオッサンだオッサンだ言っててもどこかまだ余裕のある、若さの残るオッサンであったが、40歳を過ぎてガクっとオッサンになった感じだ。

子供から見ると、例えば自分が小学生中学生頃のことを思い出してもらえればわかると思うが、この頃の自分の親が30代から40代になっていくのを見ていても、自分の成長による変化の大きさの方が凄すぎて、親などほとんど変わってないイメージがあったが、しかしいざ自分がそうなってみると中年は中年で年々確実に老いていくのが手に取るように実感できる。

あとは喜怒哀楽、感動することが激減した。いや、ムカついたりストレスや怒りの感度は増した気がするが、その他の感情が揺り動かされる頻度も振れ幅も減少した。
なにを見たり読んだり聞いたりしても腹を抱えて笑うことなどまずないし、とりとめもなく涙を流して泣くこともない。
だから最近はDVDを含め映画もほとんど観てないし、漫画も読んでいない。
あとあれほど好きだったゲーム欲もまったく無くなった。あれはもう膨大な時間の無駄以外のなにものでもない。
俺はこれまでの人生でゲームの時間だけを取り出したら何年分あるかしれたもんじゃない。

それから、脳が時系列的に思い出をデータセーブしなくなってきた。
各データへの日付機能も劣化してきているのだろう。
と同時に、前述の通り日々感動が無いため、日付するデータに値しないとみて時系列的に整理していないのかもしれない。
これは例えば、30歳くらいまでは、何歳の夏になにがあった、何歳の秋になにがあったというふうに、パッパッと記憶が出てくるが、それ以降になるとかなり怪しくなる。
33歳の夏、36歳の夏、37歳の秋、38歳の秋、の思い出は?と言われてもなにも思い浮かばない。
記憶に残るイベントがほとんどないからだろ、と言われればそれまでだが、しかし年に1回は一応温泉旅行などもしており、しかしその旅行がどの年にいったものかとなるとかなり考え込むことになってしまう。
仕事面においてもほぼルーチンワークで思い出に残ることなどほとんどないので余計そうなるのだろう。
でもまあこれはどんなスリリングな仕事をしていても毎日その仕事をしていれば脳も慣れてきてしまってみんなそのようになるのかもしれない。

とにかくまあ脳がそんな状態なものだから余計に時計が早く進む進む。経過する経過する。
いつもこんなことを書いているような気がするが、実際そうなのだからしょうがない。無情にも老いは外見と同時に感性もデータセーブ能力も確実に劣化させている。

そして時間が経過し、歳をとれば風景も変わる。ここ3,4年のスマホの爆発的普及は目を見張るものがあるが、街中の小学生が普通にスマホを持ち歩いているのを見るとさすがに世代間ギャップを感じずにはいられない。
子供のときにスマホがある生活って想像すらつかない。
そしてこの小中学生が生まれた時って俺何歳だったんだよなにしてたんだよ、とかすぐそういうくだらないどうでもいいようなことを考えたりする。
するとまあとっくに大学なんか卒業しててすでに社会人として働いてるし、てことはつまり普通にこの子らの親世代じゃね?という世代間ギャップに愕然とし、とはいえその頃ですらすでにカメラ付き携帯が普及してて普通にネットも普及してて2ちゃんねる見てネットショッピングしてパソコンでオンラインゲーやってたんだから、そんな時代に生まれた子供がもう中学生とか高校生になっているのかと思うと愕然とする。

自分が40代になって、やはり世代が大きく動いたように感じる。自分が10代から20代、20代から30代になったときよりもそれは大きい。
いつの間にかテレビに出ているスポーツ選手はほぼ年下だ。
中年太りしたプロ野球の選手も、ハゲ散らかして走ってるサッカー選手もいつの間にかみんな年下。
関取りも横綱だろうが50歳前後のオッサンの顔してようがみんな年下。
リアルの世界じゃ歯医者にいったときや病院で診察を受ける時に明らかに自分より若い先生に遭遇する確率の方が高くなった。

自分としては時間を無駄にしている自覚はまったく、それなりにプラスになる作業を少しずつでもやっているつもりではあるのだが、とはいえ日々前進しているようにも思えなく、40歳を過ぎてもなお日々悶々としており、なにかもうこういう因果律なのかなんなのか、もう高校生くらいからこの律からいっこうに抜け出せていない。

なんかダラダラと陰鬱な記事になってしまったが(いつも通りか)今後もとりあえず相場のことと、自分の近況などを中心に書いていきたい。



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【2017/04/29 05:27】 | 今思うこと
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理想と現実的な
xturbo
昔からちょこちょこ読ませていただいてます。見栄張り合戦のSNSより地獄男さんのリアルなブログのほうが全然面白いです。はてなブログとかに移行したら、結構人気になるんじゃないでしょうか。

それはそうと、世の中の「夫は妻のATM」「結婚なんてしたら終わり」という独身男たちの大合唱の中、地獄男さんの自由気ままな生活はまさに理想の生き方と言えそうですが、そういうことでもないんですかね

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「マージンコールに応じてはならない」

これは伝説の投機家、ジェシー・リバモアの格言でもある。
値ごろ感でそろそろ底だろうと思われても、そこは底ではない。
いくらオシレーターが高値圏・安値圏示唆でへばりついていても、トレンドというのはその先にある。
リーマンショック前は4桁台だった株価のものが、アベノミクス直前まで何年も100円以下のボロ株のまま推移していた銘柄なんていくらでもある。
地震など突発的な天災や同業銘柄の不祥事などで煽りを受け一時的に株価が下落した場合を除き、追証が出た時点で素直に自分の間違いを認め、建玉を清算し次の相場に備えなければならない。

しかし、そんな基本的なことすら理解していなかった当時の俺は、株価が右肩下がりの中、証券会社から定期的に請求される追証に素直に応じていた。
カード会社のキャッシングは1社ではもう追いつかず、2社目に突入していた。
株価が下がるたびに、そして追証のメールが届くたびに胃がキリキリと痛んだ。
建玉を解消すればもうそれ以上の追証は発生しないのに、負けを認めたくない、賭けた金を失いたくないという一心で借金してまでもマージンコールに応じていた。
そして毎日やることと言えば昭和飛行機とジェコスのIRチェックと、事業内容や今後の見通しなど入念な企業調査。
本来ならそんなことは株を買う前にやるべきことだが、結局持ち株のいいところを少しでも見つけて安心したいがために夜な夜なそんな意味のない行動を取ってしまう。

日経も相変わらずさえない値動きだったが、バーナンキショックのリバウンドで8月前まではそこそこ戻した。
それにつられて全力2階建てしていた2銘柄も多少戻したので、このタイミングでジェコス全建玉と昭和飛行機の半分の建玉を決済、損切りした。

そのまま8月は夏枯れ相場となり、日経もまたダラダラ下げ続けて8月28日には年初来安値となる13,188円を付けた。
アベノミクスは束の間の夢、マーケットでは完全に終了した感すら漂い始めたかのように思えたが、しかし9月に決定される2020年夏季オリンピックの東京開催の可能性と期待が上がり始めていた。

よって、8月下旬から建設関連が期待先行でじわじわ買われ始めていた。俺はこれまでの負債分を取り戻そうと、この東京オリンピックに賭けた。
建設関連はすでにそこそこ上がっており、値動きも重いイメージがあったので上がってもたかが知れてるだろうと勝手に解釈し、俺は東京オリンピックが開催されれば東京の地価も上がると踏んで不動産銘柄であるケネディクスといちごを信用全力で買った。
今でこそもはやアベノミクスなんて死語に近いが、当時はまだそれに対する期待感は大きかった。黒田日銀総裁の目もギラギラしていた。つまり資金を倍増させるとしたら、この東京オリンピック開催とアベノミクスの相乗効果を狙わない手はないと思った。
久方ぶりに俺の心もざわついてくるのであった。


(つづく)



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【2017/04/27 12:56】 | 投資
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得体のしれない不安を抱えたまま、翌日である24日を迎えた。
とはいえ、前日1日だけでキチガイみたいに1,000円以上も爆下げしたのだから、ある程度は戻すだろうという期待もあった。
しかし、マーケットが開いてみれば昨日の地獄がさも当然のごとく続いていた。

日経平均は一時昨日の終値から502円マイナスとなり、14,000円を切ってしまった。
昨日の高値が15,942円、今日の安値が13,981円なので、一時的にせよたった2日間でなんとほぼ2,000円も下げたことになる。
その後買い戻しが入り、昨日の終値より高く終わったが、しかし翌営業日には25日移動平均線を割り、デッドクロスとなって5日移動平均線にことごとく頭をぶっ叩かれ続け、75日移動平均線も割り、結局6月7日の12営業日、つまりたった2週間で高値と終値の差がマイナス3,394円、5月22日と6月7日の終値ベースの差ではマイナス2,750円にもなった。
我が信用全力2階建て銘柄である2銘柄の下げも酷く、5分足でリアルタイムで値動きを見ていてもどす黒いテトリス棒がまるでボーナスステージであるかのように降り注ぎ、とくに元々マイナーで不人気銘柄であるジェコスなんかは徹底的にブン投げられ、さっそく年初来安値を付けやがった。


20130607日経


昭和飛行機2


ジェコス2



信用全力2階建てをそびえ立たせていた俺の信用口座もむろん無傷じゃ済まされなかった。
信用取引というのは委託保証金維持率というものがあり、その維持率を割ると(たいてい30%程度)その維持率を回復させる分を口座に入金しなければならない。いわゆる追証というやつだが、これはこの委託保証金、つまり担保が現金であれば、いくら暴落が起きたところで現金そのものの担保価値は減らないのでて建て玉銘柄の評価損分だけ入金すればよいが(とはいえ全力信用買い建てしていれば保証金に対し3倍返しを被るため、それだけでもかなりの痛手)、その担保を現金ではなく現物株にしていると、その現物株の担保価値も目減りするため、あっという間に追証、致命傷、借金地獄に陥るのである。

俺は無謀にもその仕組みをよく理解しておらず、というか追証を「ついしょう」と読んでいたほどのレベルであり、それがどれほどの金銭的苦痛、精神的苦痛による地獄であるかなど、まだ知る由もなかった。

が、間もなくしてそれへの招待状となるメールが届くのであった。

「 【重要】信用取引口座で不足金が発生しているためご入金が必要です 」


(つづく)



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【2017/04/11 18:56】 | 投資
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当時信用2階建てだの3階建てだのをやっている意識はまったくない。とりあえず信用買い付け余力分は俺の口座資金で買えるんだろ、って感じでとにかく目一杯買っていた。

信用口座開いて目一杯まですぐ買ったし、買った後1日は横ばいだなあ、みたいな日があったような気がする。
まあ多少の浮き沈みはあるにしろ、アベノミクスなんだからどうせこれまでのようにじわじわ上がっていくんだろ、くらいにしか思っていなかった。
でも、5分足を見ていて多少押してもこれまでのような反発力が若干弱いような気がしないでもなかった。


翌日、俺は夜中からの仕事を終え昼過ぎに自宅に戻った。
当時俺はまだスマホを持ってなく、ガラケーでも証券会社のサイトなりで株価のチェックはできたのだろうが、株価などそんなしょっちゅうチェックするもんでもない、1日に1度か2度チェックすればいいものだくらいにしか思っていなかったので、その日のマーケットの動きは帰宅してPCの電源を入れるまでまったく知らなかった。

おもむろに楽天証券の口座にログインした。
ログインするとまず目につくのが資産合計額なのであるが、なんだか見慣れない数字が並んでいた。
今まではその左端の数字は常に1であり、最近ではすでに10万以上の利益を得ていたので、11のはずだった。
しかし今画面上に出ている左端の数字は「6」である。

・・・・・・・・・・・・んあ?

普通になにかの間違いだと思った。俺がタブボタンの押し間違いかなにかでなにかいつもとは違う画面を見ているのか、それとも信用取引の関係でなにかの算出日かなにか、もしくはサイト画面のバグかなにかで楽天証券に問い合わせの電話を入れようかとさえ思った。
いや、その前にとりあえずチャートを見てみようと思った。おもむろに日経平均のチャートを見てみると・・・


20130523日経1


これを見てまず最初に感じたことは、とりあえず腑に落ちたということだ。俺だけじゃない、全体が落ちたからこういうことになっているんだ・・・
いやしかしまて、安心している場合ではない。これはとどのつまり資産合計額はなんの不具合でも間違いでもなく、今てめえのリアルの口座残高総資産額ということだ。

そう理解したとたん気味の悪い目眩を覚えずにはいられなかったが、なぜこのようなことになっているのかネットで検索しまくって色々な記事を読みまくった。
するとどうやらFRBのバーナンキ議長とかいう奴が、金融緩和策(QE3)の縮小を示唆する発言をしたからだというのだ。
当時の俺はまったくもってなんのことだかわからず、そんなわけのわからないオッサンの一言でこんな日経が1日で1,000円以上も暴落していいものなのだろうか?
まったく意味がわからず、ただただ茫然とするしかなかった。

ちなみに日経がこれほどの暴落をしたのでほぼすべての株がブン投げられて、もちろん俺がタワーを形成していた2銘柄も激減した資産合計額が示す通りきちんと暴落していたが、ただこの2銘柄はすでにその数日前からある程度下げてきていたので、日経平均ほどのナイアガラとはなっていなかった。


昭和飛行機1


ジェコス1


バーナンキのオッサンがあと1日か2日早く呟いていてくれれば、もしくは信用取引口座開設があと1日か2日遅れていれば、俺はこの大事故に巻き込まれずに済んだ。
結局洗礼を受けたのだ。市場からの洗礼を。株式経験6か月以上ありと虚偽の申請をし、軽い気持ちで信用全力2階建てとかナメた行為をしたため洗礼を受けたのだ。

とはいえ、のちにこの大暴落はバーナンキショックと名付けられたが、〇〇ショックという歴史的大暴落に株式の世界に入って1か月以内に喰らうとは思わなかった。しかも信用建玉に関しては1日か2日だ。
そりゃどんな天才投資家でも市場からの洗礼は免れることができず、かの天才投機家、ジェシー・リバモアでさえも4度も破産しているが、しかし相場の世界に足を踏み入れたとたん、全力2階建てで大津波に遭うなんて間抜けもそうそういないだろう。

兎にも角にも、ここから出口がまったく見えない真っ暗闇の長く広いトンネルを青ざめた顔で彷徨うことになるのであった。


(つづく)



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【2017/04/03 13:22】 | 投資
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信用取引口座開設により300万超の買付余力を獲得したのはよいが、めぼしい銘柄はとにかくもう、素人目で見ても買われ過ぎを示していた。
昨年末の安倍政権発足から半年間も押し目らしい押し目もなく上げ続けた。8,000円台から倍近い、16,000円弱までたった半年で上げてきたのだ。無理もない。
当時の俺は初心者も初心者、ど素人で、相場観などレベル1か2程度で、この先なにをどうすればまったくわからないものの、なぜか焦りばかり先行しており、とにかく今買わねばという一心であった。
とりあえず先日購入した「〇〇氏激選、爆騰株50銘柄」ムック本からピックアップすることにした。
この中で出遅れ株をピックアップし、購入することにした。

ここでピックアップした銘柄は、昭和飛行機工業とジェコスという銘柄であった。
マイナー銘柄のためかアベノミクスでも出遅れており、とはいえムック本では大化け株的な感じで紹介されていた。
ちなみに昭和飛行機工業はいわゆる含み資産株というやつで、本業がどうのというよりもその企業が所有している土地の価値の含み資産により、その企業価値も上がるという思惑で買われる銘柄であった。
この含み資産株暴騰という図式はどうやら80年代バブルの時代に演じられたらしい。
当時は東京のいわゆるウォーターフロント、大井あたりから豊洲あたりの不動産を持っている企業の株が暴騰した。
まだお台場やらレインボーブリッジのない時代だ。
一方ジェコスという会社は仮設鋼材のリースというかなりマニアックな会社だ。

まあどちらもバブればつられて上がりそうな銘柄ではあるが、証券だの金融だの不動産だのスマホ銘柄がボンボン上がっていた時期にこのような古典的な銘柄をわざわざ買うことはないだろうとは今は思うのだが、しかし当時はとにかく相場に関してはレベル1で右も左もわからなかったので、素直にこのムック本通りにこの2銘柄を買ってみた。


しかもこの時300万超の買付余力を見て気が大きくなったのだか知らんが、これら2銘柄をまず限度額まで現物で買った上に、それを担保にさらに信用取引を使って目一杯この2銘柄を買うという、いわゆる全力2階建てという禁じ手をわけのわからぬままブチかましていた。
それとあと余ったわずかな余力でもう2銘柄を100株とか200株とかの小単位で買った。
その2銘柄がなにであったかはもう覚えていない。


(つづく)


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【2017/03/29 03:43】 | 投資
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買ったそれぞれの銘柄が、毎日あまりにも順調にそれこそ右肩上がりに含み益を伸ばしていったため、さすがにチャートを見始めて、高値から押したところはそれぞれ利益を確定していった。
まだ株取引を始めて1週間やら10日ほどなのに、口座の残高が100万から一気に110万になっていた。

即また株を購入して回転させねばと思ったが、100万円が110万円になったところで購入できる株数はしょせんたかが知れてるし、現物株だと回転売買ができない(注)ので、このアベノミクスの大波で一気に資産を倍増させてやろうと思い、早急に信用取引を使わねばならないと思った。

先に読んだ2冊の本で信用取引のおおまかな知識を得て(さすがにコンビニ本の「初心者でもカンタン マネるだけ!」本には信用取引のことはいっさい書かれていなかった)、その早速界王拳とやらを使いたくなった。というか今使わずしていつ使うんだと思った。

この時期ネットでもテレビでもマネー雑誌でも、とにかく景気のいい話が躍っていた。
とくに2013年から株式の信用取引の取引所規則の改正により、信用取引で保証金の約3倍の資金を扱えるだけでなく、その保証金をその日のうちから銘柄も回数も無制限に繰り返し利用できるようになったということもあり、アベノミクスの大波の上でデイトレでシコシコ回転売買を繰り返し、億万長者になった人が続出した。
業界ではその人を「億り人」と呼んだ。

しかし、信用取引は証券会社の口座を開設すれば誰でも即使えるわけではなかった。別個にまた信用口座の開設を申請する必要がある。
またその際には一定額の口座残高や投資経験が問われたりする。
そこで問題になるのは投資経験であるが、ほとんどの証券会社で問われるのが最低半年~1年の投資経験があるかであった。
俺はそんなのほぼゼロに等しいし、だからといって正直に書けば落とされると思って適当に2年とか3年とか書いておいた。
そもそもそんなものはこちらの問題であるし、また嘘をついたところでバレるようなことでもないからだ。
とはいえ、証券会社によっては、申し込み内容の件で電話で問い合わせることがあるようなことが書かれてあった。

念のためいくつかの証券会社の信用口座開設の申請をしたが、結論から言うと問題なくすべての信用口座を開設することができた。
ただ1社だけ、確認の電話が掛かってきた。主に投資経験についてだが、簡単なやり取りで別段問題もなく終わった。

俺はもう現在の仕事の、こんなわけのわからない時間に起きて昼夜逆転して、長い時間拘束され休みも少なく長期休暇も取れずなんの記憶も残らない単調な日々の繰り返しにそろそろピリオドを打ちたかった。本当にもう、30代も中盤を過ぎて過ぎ去る時間のスピードたるや衰えることを知らないし、このままじゃ40どころか50歳もあっという間に過ぎ去る予感がひしひしと感じられた。
俺ももう億りたい。アベノミクスの大波に乗って億られたい。そして早期リタイヤして悠悠自適に暮らすんだ。

数日後、証券会社から信用口座開設のお知らせという件名のメールが届いた。
ネット口座を確認してみると、口座管理画面の信用新規建余力(信用取引を使った場合の最大買付可能額)は一気に330万となった。
今まで俺が生涯で扱ったことのない、見たこともない額がそこにはあった。
ついに信用取引という名のパンドラの箱を開けてしまった。
箱の中には欲望色でいびつに輝く諸刃の剣が入っていた。


(つづく)



(注)例えば、口座に100万円あり、その口座から70万ででA株を買って株価が上がったからその同じ日にA株を80万売って、再びその日のうちに今度はそのA株が50万に下がったから買おうとしても買うことができない。その日のその口座の買い付け余力としては最初にA株を70万で買った残金の30万しかない。もちろん総資産額としては110万円である。ただ、新たに20万をその口座に入金すればその日の買付余力は50万となるので、50万のA株を買うことができる。つまり現物で株を買うと、その株をその日に売ってもその資金はその日は拘束されてしまうということだ

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【2017/03/16 16:20】 | 投資
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例の2冊の本を読み終える頃にはもうゴールデンウィークも終盤に差し掛かっていた。
日経平均株価が依然右肩上がりなのはわかっていたから早くその波に乗りたかった。
だいたい株とはどういうものなのか基本はわかったつもりだ。そろそろ実際に購入しなくてはならない。

とりあえず先に買ったコンビニ本の薦める通りに楽天証券に口座を開いた。
入金した金は次に買う車の準備金として貯めておいた100万円。俺のほぼ全財産だ。
実際に証券口座の資産合計額に表示された1,000,000円の数字を見ると、なんだかちょっぴりワクワクするものがあった。
これで俺も投資家になれるのか。

しかしいざ株を買うとなると、どの銘柄を買えばいいのかまったくわからなかった。
試しに楽天証券のサイトで教科書通りにPERやPBRでスクリーニングに掛けてみたりもしたが、ほとんどの銘柄がすでに割高を示していた。
しょうがないので本屋に向かい、「〇〇氏激選、爆騰株50銘柄」とか「〇〇が選ぶ爆騰アベノミクス銘柄」のような、胡散臭いオッサンが腕組したり人差し指を立てたりして表紙に掲載されているムック本を2,3冊買ってきて、そこからめぼしい銘柄をピックアップすることにした。

この段階では俺なりの株に対する見解(今考えるとかなり浅はかだが)として、こうやってプロ(?)が分析、薦める株を選んでおけばそう間違うことはないだろうと思っていた。
しかし、やはりそれらに掲載されている銘柄のチャートはどれもこの半年間右肩上がりですでに高値圏、素人目にも上げ切ってる感のようなものは感じられた。

とはいえ、どの雑誌のどのオッサンも、アベノミクスはまだ初動も初動、まだ始まったばかりだ的な意見が多く、総強気であり、俺もそんなものなのだなという感じで目をギラつかせながら各銘柄解説に目を通していた。

そしてそんな中から4銘柄をピックアップして、100万円で買えるだけ買った。それぞれ200~500株くらいの単位だ。
だいたい東証1部の有名どころの企業の銘柄だったと思う。その中で今でも覚えているのはソニーとみずほ銀行だ。

さていざ購入となるわけだが、株の基本的なことは先に読んだ本でだいたい理解はしていたのだが、テクニカル分析というものをほとんど勉強していないに等しく、なので購入するにもマーケットスピードなどはまったく見ずに楽天証券のサイトから適当なタイミングでそれぞれ買っていた。

株を買うのは簡単で、いったん口座さえ開設してしまえばそれこそamazonで品物を買うよりも容易であり、2,3回のクリックで時価総額何十万もの商品が一瞬で自分のものとなった。
そしてその日のうちに4銘柄を適当なタイミングですべて購入した。

しかしさすがはアベノミクス相場だった。どの銘柄も買った瞬間から含み益が発生、伸ばしていった。
みずほ銀行だけはすでにこの半年で株価が2倍近くになっており、含み益がプラスになったりマイナスになったりとあまり動かなかったが、他の3銘柄はその後も順調に含み益を伸ばし、たった1週間でトータルの含み益が10万ほどになっていた。

アベノミクスすげえや、と思った。株すげえ。
買って放っておくだけで勝手に金が付いてくる。
ビバ、アベノミクス。
おかしな自信が自分の中にみなぎっていた。と同時に変な焦りのようなものも感じていた。
「早くもっと買わないと」


(つづく)


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【2017/03/15 11:11】 | 投資
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俺は一応、大学は商学部を出ていて、金融論とか会計学とか履修したことになっているが、世の中の金融やファイナンス的な知識に関しては恥ずかしながら皆無であった。なので、株に関する知識もほぼ皆無に等しく、どのような仕組みで株式が成り立っているのかなどもちろん知るはずもなく、株の買い方や配当の仕組みなどもまったく知らなかったし、なぜ株価が上がったり下がったりするのかその仕組みもまったく知らなかった。

そんな状態でなにげなく、まさに出来心で買ってしまった「初心者でもカンタン マネるだけ!株&FX完全ガイド」をおもむろに読み始めたわけだが、この本の構成は大まかに言うと、各証券会社の比較、口座開設の仕方、銘柄選びの基本、基本的なチャートの見方、注文の仕方、アナリストが選んだベスト銘柄ランキング、とまあこんな感じだ。

今読むとほんと基本のキのことしか書かれていなくて、例えばチャートの見方などはローソク足の見方とゴールデンクロスとかダブルボトムとかの本当に基本的なことしか書かれていない。
とはいえこれらは車の教習所で例えれば右側のペダルがアクセルで左側のペダルがブレーキというくらい基本中の基本で知らないわけにはいかないので、株初心者用の本に書かれていて当然であり、これはこれでいいのだが、問題はこの基本的なチャートの見方より前に、つまり口座開設の説明が終わっていよいよ株取引とはなんぞや、の導入部で銘柄選びの基本としていきなり聞いたこともないPER、PBR、EPS、BPS、自己資本比率、配当利回りの意味とそれぞれの数式なんかが書かれてあることだ。
俺はこれのおかげで株式を買うことに対しての敷居が思いのほか上がってしまった。

なので、こんなコンビニ本1冊読んだくらいで株を買うのはとても危険だと思い、この本に紹介されていた初心者向けの単行本を2冊購入し、時間をかけて読んだ。
しかしこの2冊も今読み返してみると株とはなんぞやという教科書的なことがダラダラと書いてあるだけで、テクニカル的な部分もしくは心理的な面に関しては基本的なことが簡単に書いてあるだけだった。

今となってはこの2冊を熟読するのは時間的にも知識的にも無駄であり、とくに株式相場史上稀に見るこの異次元な時期にこんなことをしている暇はないはずだった。4月に入り、日経平均株価が連騰しているのはニュース等で耳に入っていた。しかし俺は昔から変なところに拘りみたいなものがあるらしく、なにか新しい電化製品を使うにしろ新しいゲームをプレイするにしろ、とにかく一通り取説を読んでからでないと手をつけないというところがある。なので、アベノミクスと黒田バズーカによるコラボにより連日連騰する日経平均株価を横目に見ながら、今となっては短期投資家にはほとんど意味のないと思えるPER、PBR、EPS、BPS、ROE、自己資本比率、配当利回りなんかの理解にシコシコ勤しんでいた。
そしてそういう奴は得てして、要領が悪い人間だと相場が決まっていた。


(つづく)



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【2017/03/12 15:52】 | 投資
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またこのブログを長い間更新せず放置してしまった。
とにかく日々の生活に追われて暇な時間が無いというのと、年齢も40歳を越え、色々なモチベーションが以前にも増して目に見えて低下しているというのがその原因だ。
もはやこんなブログなどチェックしている人間は皆無とは思うが、まあ暇があって気が向いたらちょこちょこ更新していきたいと思う。
更新していないせいで話が全然進んでいない。とりあえず2013年春、引っ越して間もないところ、つまり前回のブログの続きから順々に書いていきたい。

引っ越して間もなく、4月に入ってすぐに黒田日銀総裁が異次元の金融緩和なるいわゆる「黒田バズーカ」をぶっ放した。
その前年の11月からのアベノミクスでたった4か月ですでに日経平均が4,000円も爆上げし、そこから黒田バズーカによって1か月半でさらに3,000円以上爆上げすることになるのだが、そんなアベノミクス祭りは当然各メディアにも波及し、書店でも株や為替関連の書籍をまったく投資なんかに興味も知識もなかった俺でさえよく目にするようになっていた。
そんな時、ある雑誌が俺の目に留まった。





IMG_1272.png



「初心者でもカンタン マネるだけ!」
「どのネット証券で、どの銘柄を、いくら買うか、全部わかります!」
「コレ1冊で始められる! 株&FX完全ガイド」
「ネット証券会社は楽天証券がベスト!」


全部で100ページほどしかない、いわゆるコンビニ本というやつだ。
しかしまあ、そんな薄っぺらなコンビニ本で「株&FX完全ガイド」とはずいぶんとまた大風呂敷を敷いたものだ。
そのほかにもいかにもずぶのど素人、ど初心者を食い物にした調子のいい謳い文句が並ぶ。
こんなもんを鵜呑みにしてなんとなく気軽に投資を始めて泣きをみる主婦やら底辺労働者の姿が容易に目に浮かぶ。



そしてそこにはこの雑誌をしばしジッと見つめ、おもむろに手を伸ばす40歳前のオッサンの姿があった。


(つづく)


孤独地獄男を応援してみよう




【2017/03/07 18:13】 | 投資
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読者
昔からひっそりと楽しみにしてました。

ときどき更新お願いしますね。

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電話をしてみると、担当者は女性であった。
声から察するに20代と思われる若い女性のようだった。
さっそく事の経緯を詳しく聞いた。

俺も金融の知識がほぼ無いため、気付けばそのやり取りは1時間近く続いた。
それで、簡単に説明するとどうやらこういうことのようだった。
前に説明した通り、母は最初200万ほどで米ドルを買ったが、アベノミクス前でドル円は80円前後をうろついており、どうやら上昇の兆しが見えないとのことで、銀行側からそのドル円で豪ドル建ての社債を購入することを母に勧めたらしかった。社債などと言われても母がそれを理解できるわけもなく、しかしこれを購入すれば月々数%の利息が入ってくるという部分のみでどうやらこれを購入してしまったらしかった。
というより、俺が思っていた以上に母はなにも理解していなかった。なにせ、母はドル円で豪ドルを買ったと思っていた。だから最初の母とのやり取りで1度も社債などという言葉は出てこなかったし、俺も今母が持っているものは豪ドルそのものだと思っていた。
そういうわけなので、電話で俺が事の経緯を理解するまで1時間近くもかかってしまったというわけである。

そして母にあなたが今持っているのは豪ドルではなく豪ドル建ての社債を持っているのだ、と説明しても「いや、私が持っているのは豪ドルだよ」と言い張り、なかなか納得してもらえなかった。まあそれもそうだろう、社債という存在自体よくわかっていないのだから。

まあ俺も当時は社債というものがまったくといっていいほどわかっていなかったが、この一件のおかげでだいたい理解することができた。
まあ簡単に言えば社債というのは企業の借金だ。だから社債を購入するということは、その企業に金を貸すということだ。
だから個人が消費者金融で金を借りた場合、返済時にある一定の利率に従い利子を支払わなくてはならないのと同様に、社債を購入すればその企業が社債の購入者に利子を支払わなくてはならない。
そして期限がくれば社債を購入した額が戻ってくる。つまり元本が返還されるということだ。
そうなると支払われた利子分が利益となる。
リスクとしては、その企業が倒産した場合、元本が回収できなくなる可能性がある、など。
また社債は期限の途中で売ることもできる。ただしその場合売値は市場価格に左右されるため、購入価格を下回る場合もある。

そこで今回の場合、アベノミクスによりドル円は2012年12月の78円から翌年2013年5月には一気に103円を付けており、わずか半年で25円も上げたわけだが、その円安効果と中国はまだバブルが弾ける前のバブル真っ只中だったので、資源国であるオーストラリア経済は中国経済に大きく影響を受けることもあって、こちらも2012年11月の80円から翌年2013年4月には一気に105円を付けていた。

母からドル円を手放したと聞いてガッカリしていたが、実は豪ドルも同じように爆騰していたのだ。
この頃は為替など全然興味が無かったのでまったく気付かなかったが。
それでその女子行員が言うことには、この社債をこのまま満期まで持った場合の利子の全額よりも、今この豪ドル建ての社債を売って円を買戻した方がその為替差益による利益の方が大きいと言うのだ。

その差益は、母が最初米ドルを買った資金が200万だから、そこから計算してもすでに20万円台だと言われた。
さらにその女子行員が言うことには、豪ドルが100円を越えるのは5年ぶりであり、急激に上げてきたので今後これ以上上がるかどうかわからないからここで利益確定したらどうか、ということだった。

俺は何度も言うが、金融や為替の知識がほぼ無い上、相場観なども皆無だから今の位置がどのような状況かというのがいまいちよくわからなかった。
しかしアベノミクスでドル円も株も右肩上がりっぽいし、まだ様子見してもいいんじゃないか、と思って母にもその旨を伝えた。
母もとりあえず様子見で、ってことでその社債はそのままもっておくことにした。

しかし今回の突然降って湧いて来た一件で俺はふたつの小さな衝撃を覚えた。
まずはおそらく俺より10歳は若いであろうこの女子行員(母は銀行でやり取りしているので実際にこの担当の女子行員とは何度か会っている)が、俺の質問に対し即座に返答をし、理路整然と金融の説明をしてくる態度に対し、少なからずショックを受けた。
なぜならば、俺が街中で声を掛けていたかもしれないような若い女が普段はこれほどの金融知識を持ってしてそれで普通に仕事しているということと、それとは対照的に40歳近くの中年の俺が金融知識においてその若い女子行員の足元にも到底及ばないという事実を突きつけられたことだ。
そしてもうひとつの小さな衝撃は、金融商品というのは驚くほどあっけなく大きな利益が乗るものだな、ということだ。

引っ越してきてさあ新生活スタート、色々やろうと思っていたことがあるはずだったが、この出来事により俺の頭の中は常にそのふたつの小さな衝撃によって支配され続けることになる。

(つづく)


ちなみに豪ドルはその女子行員が忠告した通り、1013年4月の105円というのが高値となりそれ以降今まで更新されていない。(現在75円50銭付近)



【2016/06/26 12:28】 | 投資
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同窓会オフが今から3年半前の1月であり、その春に当時住んでいたマンションの契約更新が近づいていたので、もうそこにかれこれ7年くらい住んでいたのでそろそろ引越しをしたいと思い、1月~2月は次の住居を探し歩いていた。
車も購入してから6,7年経っており、貯金もそこそこ貯まっていたので近々新車でも買ったときのために、マンションの下が駐車場になっているタイプの物件を探した。
さらにそろそろ中年太りが気になる年頃になってきたので、気軽にジョギングにいけるような場所がいいと思い、ある川の土手沿いに近い物件を探した。

探す方法はネットだけではなく、不動産屋に行く前にまず自分で住みたい地区を実際にうろうろ歩いたりしたので、物件探しにはけっこう日数がかかった。
そしてなんとか無事手頃な物件(とはいえ駐車場代込みだとけっこうな値段)を見つけることができた。

3月に引っ越してきた。やはり住環境が変わるというのは色々変化が感じられて良いことだ。景色が変わると世界が変わる。色々と新鮮な気分になれる。
さっそく絨毯やらカーテンやらの買い物に奔走した。

そんなまだ部屋の片付けもろくに済んでいない桜日和のある日、母から1本の電話が掛かってきた。
どうやらちょっと真剣な話、という雰囲気だった。
その内容はというと、母は銀行からある商品を購入しており、その商品が近年稀に見るほど値上がっているので、銀行の担当者から今その商品を売ったらどうか?と言われているのだが、どうしたらよいか?という相談だった。

とはいえ、母の言っている意味がいまいち理解できない。というのも、母は金融や為替のことなどほとんどわかっていない。どの程度のレベルかといえば、円高円安の概念すらよくわかっていない。「1ドル80円だったのが1ドル90円になって、80円から90円に上がってるのになんで円安なの?」と聞いてくるほどのレベルだ。
俺は俺で大学で経済系の学部を卒業してるくせに金融・為替の知識などせいぜい「円高円安の概念をかろうじて説明できる」レベルだ。

そんなだから母が何をどう説明しようとまったくピンとこないし、わけがわからないのでとりあえずその銀行の担当者と俺が直接話をしてみる、ということになった。
ところで、母は実はアベノミクス前の1ドル80円付近で200万円ほどドルを買っていた。だからアベノミクスが始まって急激に円安が進んでいるときに俺は母に電話をし、かなり儲けが出てるんじゃないか、と聞いたことがあった。そしたら母はちょうどアベノミクスが始まる直前くらいに銀行の担当者に、今はなかなか円安が進む気配がないからということで、そのドルを、担当者に勧められたある商品に買い替えてしまったので今はもうドルを持っていないとかなんか訳のわからないことを言っていた。

この説明を、金融と為替の知識がほぼ無いに等しい母が、同じく金融と為替の知識がほぼ無いに等しい俺にしたところで、俺が理解できるわけもなかろう。
かくして、その母からの電話を切るとすぐに俺はその銀行の担当者に電話をかけるのであった。

(つづく)





【2016/06/17 16:14】 | 日常
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「同窓会オフpart4」から実に1年半振りの更新となった。
この間、というかその同窓会オフがあった頃、つまりこの3年半でそれなりに色々あった。引越しをして環境も変わった。
3年半前といえばちょうど政権が民主党から自民党に変わり、アベノミクスが始まったころだ。
日経平均株価も1万円弱から高いところでは2倍の20000円以上になった。
同窓会オフに来ていた女のうち新たに3人が母親になった。
3年前の春に引越しをし、その頃自宅の前を通学していたブカブカの征服を着た新中学1年生は今はもう高校生だ。

よくこのブログでも書いてきたことだが、時間の経過が年々等加速度直線運動的に早くなる。
なにか楽しい時間はあっという間に過ぎるとかそういう感覚的なものではない。楽しかろうが悲しかろうが苦しかろうがつまらなかろうが、ちょっと恐いくらいに時間の経過が早い。

さてまずは俺の現状を簡単にお伝えしておきたい。とりあえず健康状態は良好だ。そしてその間、結婚もしていなければ彼女もいないしナンパもしていない。
この先、おそらくもう結婚はしないだろう。なにせもう40歳だ。初老。
この歳から結婚してお互い気を遣いながら子供を育てるとか体力的にも気力的にもまず無理。
親もぼちぼち70歳を越えて介護のことを考えなければならないこともあるだろう。
これから結婚して身体的金銭的不自由が子供が成人するまで、つまり60歳を越えるまで拘束されるなんてまっぴらごめんだ。
そもそも60歳まで生きられる保障もなければ、60歳までトラック運転手なんてやってられるかわからない。そうなれば家族にも多大な迷惑が掛かるというもの。

そうなってくると彼女を作るというのもなかなかリスキーな話になってくる。心理的負担も大きい。
ナンパももう非効率的。体目的であればもうデリヘルでよい。
今のデリヘルの女というのはもう昔の風俗嬢という感じではないところが多い。
デリヘル業者=斡旋業者に近い。
それと、トータルコストで考えればデリヘルの方が安い上、無駄な時間を費やす必要もないし、割り切った関係というのが年齢を重ねるごとに心地よくなってきた。
若い頃はそういったものになにか虚しさや一抹の寂しさを覚えるものだが、オッサンになってくるとその辺のことが後腐れなく金できっぱり清算できるのが便利だし都合がよい。

だからといってナンパを否定するつもりはない。ナンパによって得られるものも多いからだ。むしろ10代20代の若い時代は積極的にナンパした方がその後の人間形成において役立ちそうだ。
とはいえ、30代ではもうやらなくていいと思っている。やってもいいが、ナンパにあまり情熱を注ぐべきではない。慣れたナンパ師でない限り、けっこうな時間を費やすし、心理的負担も決して小さくはない。

30代は等加速度直線運動的時間経過の公式通り、10代20代以上にあっという間に過ぎ去る。
30代までに他にやっておくべきこと、知っておくべきことというのはたくさんある。
20代までにたくさんナンパをして、またやりたいことは一通りやっておかないと、オッサンになってからその屈折した欲求が噴き出てきて俺みたいに面倒なことになる。

俺自身今後はもう、ナンパをする気はない。
つまり俺のストナン生涯成績は0人ということだ。
このブログ自体は存続していく予定だが、また長期間空いてしまうこともあるかもしれない。
とりあえずこのブログでナンパ記事を書くことはほぼほぼ無いということだ。
同窓会オフからこの3年半のことについてはおいおい書いていきたい。








【2016/06/08 13:52】 | 日常
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通りすがり
共感できるところがあり面白いエントリーでした。


大麦若葉
いつも楽しく読ませてもらっています。

ところでガソリンスタンドの女はナンパでゲットではなかったのでしょうか?

あれからどうなりました?

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そうなってくると人間の脳とは不思議なもので、それはもう「典型的なオバちゃん」ではなく、A子としか見えなくなっていた。
彼女とは中学時代ほとんど接点もなく、ろくに声すら聞いたことがなかったのでどんな性格かというのはよくわからなかったが、俺が中学時代に想像していた性格よりだいぶおしゃべりで「陽」な人だった。
その俺の勝手な脳内ギャップも手伝って俺の脳はA子の認識を遅らせた。
しかしこのA子の件で俺の脳の倒錯感は頂点に達していた。
いやが上にも心が躍る。

もうこんなふうに会える機会などないかもしれないし、一言でもA子と話がしたいと思ったが、向こうのテーブルは4.5人で一杯になるような狭いテーブル席(イスではない)であり、またA子を含めそのテーブルの女4人とは当時もそれ以降もほとんどしゃべったことがないどころか俺のことを知ってるかどうかも怪しい感じなので、余計に入り込む隙がなかった。
「あれ、ごめん、誰だっけ?」とか真顔で言われるのもきつかろう。

そうこうしているうちに時間はあっという間に過ぎ去り、幹事がこの店の予約は9時までだからとか言い出した。
いやいやまだ全然話足りんだろ、と思っていたら誰かが「2次会やろう」と言ってくれたのでホッとした。

店を出て当然全体写真の1枚や2枚、スマホで各々が写メの1枚や2枚撮るものかと思っていたが、なぜか誰ひとりとしてシャッターを切るものはおらず、facebookでよくある飲み会画像の中で戯れるリア充な俺、みたいな図がタイムラインに流れるというほのかな期待は崩れ去った。

その後、半数近くはその場でお開きとなり、後の半数は2次会に参加する流れになった。
A子も2次会組について来ているようだった。

幹事は2次会をやるものとは思っていなかったのだろう、これから2次会の店を急遽探すことになった。
10人くらいいたと思うが、しかし30代も半ばでまさか中学の同級生だけでこうやって夜の街をザッザッと練り歩くとは当時も今も夢にも思っていなかった。
なにかこうやってみなで練り歩いているだけでも愉快な気分になってくる。

2次会の店が見つかり、個室に入って俺が入り口付近に座っていたらA子が入ってきたので俺が
「あれ、俺のこと知らないでしょ?」
と少しおどけた感じで言うとA子は
「? ○○君でしょ。」
と真顔で言ってきた。どうやら俺のことは知っているらしかった。

しかしまあ、その流れで俺の座っている近くに座ってくれればいいものを、向こうの方に座ってしまったので、2次会の席でもA子とじっくり話す機会はなかった。
とはいえ、当時の共通話題などでみなと一緒に盛り上がってしゃべるという形でその場を共有することはできた。

しかし楽しい宴というのは本当に時間の経過が早い。あっという間に0時近くになった。
もう終電がなくなるということでお開きとなった。
とはいえ、みな電車で来ており、駅の方向は同じなので駅までまた一団で歩いていると後ろからA子が
「あ、facebookのメール送っておくね」
と言ってきた。
なぜか複雑な気分になった。これが10年前とかでむこうも独り身であればまた違った感情になったのかもしれない。

そうこうしているうちに改札の前まできた。みな電車の時刻表の電光掲示板を見ていた。
そこでひとつちょっとした問題が起きた。まだ0時を回ってなく、みな電車があるのになぜか俺の終電はもうなくなっていた。
なぜかというのも変だが・・・しかし居酒屋を出るときにみな終電の時刻をチェックしていたときに、みなが終電は何時まであるから大丈夫みたいな話をしていたので、最も都会寄りに住んでいる俺は当然1時くらいまで終電があるだろうと思ってあえてチェックしなかったのだが、しかしよくよく考えてみると夜中に下りの終電より上りの終電の方が早く無くなるのが当たり前といえば当たり前である。

「あれ、俺終電もう無いわ(笑)」
なんて言ってるとA子が
「最寄り駅どこ?」
と言うので俺が○○駅だというと、
「私が帰る路線の方からは帰れないの?」
などと言うので、どの路線でどこまで行くのか聞いたら、それまで俺の頭の片隅にもなかったローカル私鉄であった。
とはいえ、方角的に、また直線距離的にもA子と俺の家とは案外離れているわけではなく、その私鉄からまた乗り換えることによって俺の最寄り駅まで帰ることも可能であったが、その線はすでに終電が終わっていた。

でもまあ終電がある駅まで行って、そこからタクシーで帰ってもさほど大した距離でもないのでそうすることにした。
というよりもはや終電があるかないかなんてどうでもよかった。むしろ終電がなくてありがたいと思った。

飲み会のターミナル駅の改札口の段階で方角の違いから2次会グループもすでに半々になっていたが、電車が駅を通過するにつれどんどん人が減り、最後このローカル私鉄に乗り換えるのは俺とA子だけになった。

もし恋愛の神様というものがいるとすれば、なかなか粋な、それでいてにくい計らいをするものだと思った。
中学時代声すら聞いたことがないほど接点を与えず、その後のボーナスステージ、いわばゲームクリア後の最後のエクストラステージみたいなところでこれか。本編ではなくスピンオフみたいなところで。

JRから私鉄への乗り換えはすぐだった。私鉄はすでに駅で待っている状態だったので乗り換えの時に話をする機会は無かった。
私鉄に乗り込んだ。俺にしてみれば初めての私鉄だった。
座席は終電に近いというのにほとんど客で埋まっていた。いや実際には空いている席もあったかもしれない。2人して座席の前に立った。
A子は俺より先に数駅で降りる。時間にして10分ほどだった。
俺に与えられたボーナスタイムは10分ということだ。
俺はあることを伝えねばならないと思った。しかもそれを今伝えないとおそらく一生後悔するだろう。
いやもうとっくに後悔したままここまで20数年経過してしまったわけだが、このボーナスステージ、エクストラステージにてさらに後悔を積み増すこともなかろう。

とはいえこの状態からどう話をもっていけばよいのか。今までろくに2人きりで話をしたこともない上に時間は10分ほどしかない。
あっという間に次の駅に到着する。
そうこうしているうちにA子がさっき飲み会のときに話題に出た男子同級生の話題を出してきた。
この男子同級生はA子と同じ部活動に所属しており、かつ3年次はA子と同じクラスであった。
この同級生の話題は好都合だった。なにせ俺は京都の修学旅行の帰りの新幹線の中で、この同級生にA子の写真を撮ってきてもらうように頼んだからだ。

「そういえば俺、修学旅行のときにあいつにAちゃんの写真を撮ってきてって頼んだんだよねー」
「えー?!二人(俺とA子)で撮ったの?!」
「いや、Aちゃんだけ・・・あ、二人で撮ればよかったか(笑)」
「えー!」
「だってAちゃんメチャメチャ可愛かったからねー。今もその写真まだ持ってるよ。てか覚えてないの?」
「えーー!早く言ってよー!あの頃に戻りたい!」

当時俺は、A子がこの一連の事実を知っているものだと思っていた。つまり俺という奴が自分の写真を欲しがっていてそれを男子同級生を通してあげた、という事実だ。
というのも、あのような自分の写真を撮らせる前にとりあえず誰から頼まれたのかということをその男子同級生に訊ねるのが普通だと思うからだ。
だから俺はその後、校内で数えるほどの彼女との偶然の遭遇のときには赤面したものだった。
それを本当に知らなかったというのか、それとも写真を二人で撮ったのかと聞いてくるくらいだからその頃のことはすっかり忘れてしまったのか。

そんな車内の束の間の一瞬の中で彼女が降りる駅名がアナウンスで無機質に流れた。
ふと前を見れば、真っ黒い窓ガラスには俺と、ケタケタと笑うA子の姿があった。
電車はあっという間に停車した。
「あ、もう降りなきゃ」
A子はそう言い残すと、とくに振り返るでもなく颯爽と駅の階段へと消えていった。


後日、実家に帰ったときにその写真を探してみた。
長らく見ていないが、確かにあるはずだ。
ほどなくしてそれは見つかった。中学の頃使っていたと思われる長財布の中に入っていた。
写真は新幹線のデッキと思われるドアの前で撮られていた。
多少セピア掛かってきていたその中で、しかしこちらに投げかけてくるその屈託の無い笑顔と眼差しはまったくもって色褪せていなかった。


<終>







【2016/06/06 19:48】 | 未分類
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なんとなく、映画「Love Letter」を思い出しました。 
soraya
青春時代に好きだった女の子と、時間を隔てて、再会するって、なんかいいですね〰。ナンパ復活にも期待してます(*^。^*)

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「おひさしぶり。」

彼女は俺の顔を見るなり笑顔でそう言ってきた。
俺も笑顔で「おぅ、おひさしぶり。」と応えた。
あのメールのやり取りからすでに1年以上経過しており、あの件について少し聞きたいところもあったがこういう場であるし、時が経過して俺の中での憤りのようなものもすでになく、そしてなにより20年振りでこうして再会できたことの喜びの方が上回っていた。
挙句の果てには、彼女の取り皿にサラダなんかを盛ってあげちゃったりしていた。
彼女の風貌はまあ変わっていないといえば変わっていない方だが、しかし中年女性に差し掛かった体型、という感じであった。

しかし不可解なのは、この同窓会の半年くらい前にすでにfacebook上で彼女とは友達になっていたわけだが(mixiのときみたいに向こうから友達申請があり、数日躊躇したが受諾。しかしむこうも思うところがあったのか挨拶のメールもなければメッセージのやり取りもなし)、彼女はとっくに結婚しており、すでに2児の母になっていたことだ。
mixiではそれを伺い知れるような情報は一切なく、メッセージのやり取りでも結婚してるとか子供とかの話が一切出てこなかったからてっきり独身だと思っていた。
というか、既婚で子持ちと知っていればこっちもはなっから飲もうなんて話には応じなかったし、そういう身分でありながら自分から飲みに誘ってくる意味がわからん。

それと、「同級生からのメール3」で、「家族が入院してうんぬん」というのがあったが、今考えるとこれは真実だった可能性が高いが、しかし「家族」ではなく、「旦那もしくは子供が」と言ってくれればよかったのにと思う。
そしてその入院うんぬんが嘘だとしても、過去の彼女のfacebookをよく読んでみると、2人目の子が産まれたのがこの同窓会の半年強前であり、そこから逆算するとどうやら俺とメールのやり取りをしていたあたりに仕込み完了、妊娠発覚という感じみたいだった。

そう考えると、つまり妊娠したからアルコールが飲めなくなったから、というように解釈するとすると、最初に俺と約束をした時点では俺と飲む気があったのかもしれない。
でも、その辺のことは別に正直に言ってくれればよかったのにと思う。
なにも約束した日の前日の夜に言い訳ドタキャンメールをしなくてもよかろう。

まあいい。これはもうどうでもいいことだ。俺も彼女に対しもう憤りを感じてはいない。久々に同級生からのメール①②③を読み返したことによってつい話が長くなってしまったが、この件に関してはもうこれで終わりにしたい。


話を同窓会の現場に戻そう。彼女と2,3の会話のやり取りをした後、彼女は隣りの女に耳打ちしてヒソヒソなにか言っていた。おそらく俺のことを言っているのだろう。「○○君、老けたね。」とか言っていたのかもしれん。
しかしその耳打ちした内容がどうであれこういう失礼なことを人前で平気でやっちゃうところは、女はいつまでたっても頭の中だけは女子のまんまなんだなあと思ってしまう。

しかしとにかく久し振りだし、周りに座っている男も当時ですらほとんどしゃべったことがない連中だったので、なにからしゃべっていいかわからず、とりあえず俺の方から「今どこに住んでいるの?」とか差しさわりのない話題を振ったりなんかするものの、向こうから俺に話し掛けてくることもほとんどなく、向こう対俺に限らず、向こう対そのまた向こうの男同士でも会話が盛り上がっているとはいえず、その辺は男はいつまでたっても社会性、社交性がない生き物だな、と思ってしまう。

そうこうしているうちに少し寒くなってきた。この場所は先にも説明したとおり完全個室ではなく壁で囲まれていないためなかなか温まってこない。しかもこの日はちょうど大寒の時期だ。
出てくる料理も最初に出されたサラダ盛りからなかなか進まず、なんだか中途半端で冷たいものばかり運ばれてきて、これでビールを飲むのはちょっとキツいということで、いったん脱いだアウターを再び着込んだ。

すると向こうのテーブル席で5,6人で固まって座っていた女の中から突然
「帰るの?!」

と俺の方をビシッと指差しながら鋭く言ってきた女がいた。
突然アウターを着込んだことによって俺がもう帰るものだと勘違いしたらしい。
今までこっちに見向きもしなかったくせに突然向こうから声が飛んできたので驚いたが、俺は
「いや、寒いの。」
とちょっと引きつっていたであろう笑顔を作りながら言った。

その女というのは前回でも述べた、「誰だかわからんがよく食べながら下品にベラベラしゃべりまくり、典型的なオバちゃん体型になりつつある女」であった。

しかし同窓会の席とはいえこう慣れ慣れしく俺に話し掛けてくる女なのだから、おそらく中学時代に俺となにかしら接点がある女なのだろう、と彼女が食べて飲んで周囲とベラベラ楽しそうにしゃべっている横顔をしばらくジッと見ていた。
だがやはり思い出せない、というか見覚えがない。それでもジッと見続けた。今度は目のあたりを中心に見続けた。

するとやがてぼやけたピントがゆっくりじわーっと合っていくようにある女と一致した。
A子だった。

(つづく)











【2014/12/24 10:48】 | 未分類
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続きは…??
shuu
年齢も住まいも近く、過去のblogからずっと楽しく読んでいたんですが急に終了していて残念です。
続きがあったら読みたいと思いコメントしました。
続きではなく現状でもよろしくお願いしますm(__)m


-
私も続きが読みたいです。


-
再開待ち!

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水道橋が先頭で入店した。

この店は入り口から広い通路がまっすぐに伸びており、その通路を挟んで個室が連なっているわけだが、個室といっても完全個室ではなく、通路より一段高くなっている座敷部屋と通路を隔てるものは50cmくらいの柵しかなかった。つまり通路から各部屋は丸見えという作りだった。

ほぼ集合時刻に到着して、すでに何人もいてワイワイやっているものかと思われたが、まだ男2人しかいなかった。
少し拍子抜けしたが、しかしそこには懐かしい顔があった。
ひとりは幹事であり、彼とは学校内で接点はなかったものの数年同じ塾に通っていて面識があった。もし幹事が同じ中学出身だとはいえほとんど面識がない奴だったら今回参加していなかった可能性が高い。
もうひとりはほとんど接点がなかった。が、体育祭だか陸上競技会だかのなにかの拍子で一言二言はしゃべったかでお互い知らないというわけではなかった。
つまり会った瞬間は
「おおっ お久しぶり!」
とまあこんな具合だ。

こちらとしてはこの流れに乗ってさっさと乾杯して昔話に花を咲かせる目論見であったが、いかんせん俺を含めてまだ4人しか集まっておらず、女に関しては一人もまだ来ていない状況なので酒を注文するわけにもいかず、なんだか手持ち無沙汰な時間が10分くらい続いた。
そうこうしているうちに男が一人二人と来て、そして女もようやく二人が一緒に来た。

みんな20年振りくらいであった。女二人はそれぞれ同じクラスになったことがあり多少しゃべったことがあったが、20年振りにもかかわらず会った瞬間は「お久しぶり」と素っ気無く言われ、なんだか半年振りくらいの挨拶の仕様であった。
男二人のうち一人は知ってはいるが、中学時代会話した記憶がない。もう一人にいたっては名前も顔も思い出せなかった。

そのみんなが集まるのを待っている間、幹事が携帯で複数人とやり取りしており、気軽に会話できる相手が周りにいないので、なんとなく気詰まりした雰囲気になった。
そして幹事の携帯のやり取りの結果、どうやら何人かはこれないということになった。その中には数少ない俺としゃべれる奴がいたのでこれはけっこう痛かった。

そして集合時間から30分近く経った頃、ようやく5,6人の女どもがドヤドヤ入ってきた。
どうやら駅かなんかで一度集合してから集団で来たらしかった。
長テーブルが3つあり、部屋の入り口付近の2つのテーブルはすでに男どもと先に来た女2人で埋まっているため、その5.6人の女どもは必然的に奥のテーブル席となるため、俺らが座っているテーブルの前を1人1人通っていくことになり、俺など入り口から入ってきてほぼ真正面にあぐらかいて座っているというのに、誰ひとりとして「お久しぶり!」とか言ってくる奴などおらず、それどころかろくに目も合わせないまま真顔でそそくさと奥のテーブルを目指した。

でもまあ考えてみればこの5,6人とは当時もしゃべったことがある奴はほとんどいないし、同じクラスになった奴も1人しかいなかったので、そんなフランクに挨拶したりされたりする筋合いもないのだが。
でもこの20年振りの同級生が一同に集まるというこの空間がもう無条件に俺を愉快な気分にさせた。
中学の同級生が、途中経過を含まずいきなり20年後の姿の同級生だらけに周りがなるのだから、面白くないはずがない。
俺はたんたんと奥のテーブル席を目指す彼女らを見送りながら、ニヤけてくる顔を抑えるので必死だった。

この5.6人の女は、しゃべったこともなければ同じクラスになったこともないものの、一人を除き顔と名前は一致していた。
この誰だかわからん一人はテーブルに着くなり下品にベラベラしゃべっていたが、典型的なオバちゃん体型になりつつあることを除けばとくに特徴もなく、なので中学時代もとくに俺の記憶に残らないどうでもいい女、まあこんな奴もいたかも、くらいでそれ以上必死に思い出そうともしなかった。
卒業アルバムなんかを見ても「え、こんな奴いたの?」ってのがけっこうあるもんだし、中には今見るとけっこうかわいいのに当時なんでその存在に気づかなかったんだ俺?とか思ったりするもんだ。

先に来た男一人も、名前に聞き覚えがあるのだが、顔がまるで一致しなかった。男の場合、中学から背が急激に伸びたりして背格好も全然変わったりするので、余計わかりづらい。

この5,6人の女どもが着席して落ち着いたところで幹事が
「それじゃ、これで全員集まったみたいなのでとりあえず乾杯しますか。」
と言った。

あれ?と思った。今回の飲み会の目玉のひとつであったA子らしき姿がなかった。
Facebookでは参加になっていたのに、他のドタキャン組同様に今日は来れないのか。
幹事に聞けばドタキャン組の理由は男は仕事の都合、女は子供の都合ってのが多かった。
まあ家庭を持ち、小さい子供でもいればちょっと夜飲みに行くこともなかなかままならないのかもしれない。
実際俺の姉の小学校低学年の子供がしょっちゅう熱が出たのなんだのでよく学校を休んだりしている。

A子と会えるのを一番楽しみにしていただけにかなりがっかりしたが、しかし今まで体験したことのないこのタイムスリップされた空間によって倒錯した脳は、何か得体の知れない脳内分泌物質によって悦んでいた。


乾杯した後もちらほら数人来て、最終的には15.6人になっていた。
俺の向かいには先に来た女2人が座っていた。
そのうちの一人、俺の真向かいに座った女は「同級生からのメール①同級生からのメール②同級生からのメール③」の回のあの女であった。

(つづく)



【2014/11/14 05:38】 | 未分類
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いよいよオフ会当日になった。
大寒の時期らしくよく晴れてカラカラに乾燥してとても寒い日だった。
日が暮れ、某ターミナル駅へ向かい、駅を降りた。

正直かなり緊張していた。中高時代から見慣れていた街並みのはずなのに、なぜかナンパで通っていた新宿なんかよりもむしろアウェイ感が漂っていた。
そして新宿で見知らぬ女に声を掛けるときよりも緊張感が漂っていた。
地元なのになにがそうさせているのかといえば、ほとんどの奴がほぼ20年振りだということであり、でありながら、俺以外の奴というのはだいたいが成人式にも出てるだろうし、このブログで書いたかもしれないが30代になってやったと思われる大規模な同窓会にも出てる奴が多そうなので、俺だけ20年振りみたいな、そういった時間的アウェイ感がそうさせていた。

また、「再会」のときの彼と同様に、自分の立ち位置、スタンスをどのようにしたらいいのかというところにも困惑の一因があった。中学時代の俺というのは学校で周囲に対しどのように振舞っていたのか、またそれを思い出したところであれから20年を経た今それを演じるべきなのか、など。
そしてA子の存在も大きい。

駅には余裕をもって到着していたが、集合時間よりあまり早めに現場に来ても、20年前から顔だけ知っててしかしほぼ会話したことのない少数の同級生しかまだ来ていなかった場合、場を持たせるのがかなり難解になりそうだと思われ、かといって遅れていってすでにワイワイやってる中に割って入っていくというのもそれはそれで無駄に目立っちゃって嫌だったので、とりあえず無難な5分前到着あたりにしてみた。

さらには現場の飲み屋に向かう道中で会ってしまうというのも気まずいので(これがなにげに一番気まずい)、わざわざ遠回りして裏道から現場に向かった。

いよいよ現場に近づいた頃、野球帽を被った、背格好からするとちょうど浅草キッドの水道橋博士みたいな奴が、スマホの画面を見てキョロキョロしながら歩いていたので、これはもしやと横から顔を覗くとやはり見覚えのある奴だったのでそれとなく
「あれ、もしかして○○の会の飲み会?」
と聞くと、少し戸惑うような表情をしつつ、そして声を発するでもなくコクと頷いた。
俺は当時彼とは同じクラスになったこともなければしゃべったことはなかったが、しかし中学・高校時代の体育の授業といえば男女別に分かれて2クラス合同で行われていたので、彼とはそのとき一緒だったので知っていたし、彼が○○というあだ名で呼ばれていたのも覚えていた。なので俺は
「あ、○○(あだ名)でしょ?俺のこと覚えてる?」
と挨拶代わりに話し掛けた。すると彼はなおも声を発するでもなく小刻みに3往復ほどブルブルと首を横に振るのだった。
なにか唖然としてその後彼に話掛けることはなかった。

いや、仮に俺のことをまったく覚えていないとしよう。しかしこうして同級生と久しぶりの再会、しかも偶然その辺の道端で会ったとかいうのではなく、これから同じ会の、同じ目的に向かう者同士なのになぜ彼はこんなにも冷たい対応なのか理解に苦しむ。
普通だったら覚えてないとしたらそれはそれで「えーっとちょっと待って、しばらく振り過ぎて思い出せない(笑)」とかなんか言いようがあるだろう。じゃなくても単に「えっと、誰だっけ?」って返すにしても、道端で突然ナンパされた女じゃないんだから普通自然と笑顔になるだろう。

その彼と出会った場所から店までは10メートルほどだったので、その気まずい雰囲気のまま2人でしばらく歩くということが避けられたのは不幸中の幸いではあったが、しかしなんだか先が思いやられるような、20年振りの同級生オフのファーストコンタクトであった。

(つづく)



【2014/10/25 15:38】 | 未分類
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お地蔵
続き楽しみにしてます

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facebookも徐々に中高時代の同級生と思われる奴らが利用し始めてきていた。

なぜそれがわかるかというと、自分のページに表示される「知り合いかも」というところに表示されるのもあるが(これは自分の友達の友達がランダムに表示されるしくみ)、facebookにはグループというカテゴリーがあって、中学時代の奴が「何年度卒」みたいな感じでグループを作り(外部からは見れず、招待制)、そこに同級生から招待された奴らが表示されていくからだ。

初期の頃こそ目新しさもあって、ほとんどしゃべったことのない奴(とくに女)にも友達申請などを送っていたが、しかしそうやって似非の友達を増やしたところで、自分がもし記事を書いたときにほとんど「いいね!」やらコメントやらが付かないと友達が少ないというのが容易にバレてしまうので、あとはこちらから友達申請をすることはなくなった。
といっても今まで3つくらいしか記事は書いていないが。

男で当時そこそこしゃべったり遊んだりした奴も、20年以上も経ってなに話していいかもわからないので、むこうから申請がきたとき(ほとんどないけど)以外は放置していた。

その同窓会グループは40~50人くらいになっていた。高校時代とは違い、名前を見れば当時話したことはなくても顔だけは男女ともだいたいわかった。

そんな中に当時、おもに中2後半から卒業するまで好きだった女もいた。
「おもに」というのは、俺はけっこう気移ろいしやすい男なので、中学時代は好きな子が3人くらいいた(でも時期はみんな違うが)。先輩も合わせれば5人はいた。
でも最終的に一番好きだった子がこのfacebookの女だ。

この女をA子としよう。A子とは3年間同じクラスになることもなく、部活なども違うのでまったく接点がなかった。
なので、当時もそれ以降も一言もしゃべったことがなかった。

彼女を最後に見かけたのは、俺が19歳の浪人中に、地元のゲーセンから俺がひとりで出てきたところに、偶然彼女と正面からすれ違った。中学以来会ったのはこれが初めてで、彼女は一層かわいさに磨きが掛かり、キラキラと輝きまくっており、年齢的にも人生で今がかわいさの絶頂の中いるのだ、ということは誰の目にも見てとれた。
そして彼女はイケメンの彼氏を連れてそのゲーセンに入っていくところであった。

一瞬彼女と目が合ったので、おそらく俺だと認識したであろう。認識したといっても俺が一方的に片思いしていただけで別に接点はなかったわけだから、まあその認識というのは、中学時代の同級生で見たことのある奴、くらいのものだろう。
いやそんなのも俺の単なる自惚れで、認識もなにももともと俺の存在自体を知らなかったかもわからない。
でもしかし最悪のシチュエーションで会ってしまった。それと相まって、やはり彼女のようなかわいい子、そのまばゆい輝きが絶頂の中にいる子はイケメンが放っておかないのだ、そして彼女もやはりイケメンが好きなのだと、当時へこんだものであった。

それ以来A子を見掛けていないものだから、今どのようになっているのかはまったくわからない。
そして当時接点がなかったってこともあり、facebookで当然友達申請がくることもなく、俺からもしていない。
だが、他の同級生の記事のコメント欄にあるA子の書き込みなんかを見ると、どうやら結婚して子供もいるらしかった。
まあ30代も半ばを過ぎているのだからそれが世間一般の大多数であり普通であろう。

そんなこんなでこの年はスマホが急激に普及したことも手伝ってfacebookでも急激に同級生が増えてきていたわけだが、その年の年末年始に同窓オフ会をやろうということになった。

なんとなくそういう流れになるのでは、と期待していたが案の定その通りになった。
「期待していた」というのは、やはり純粋にあれから20年後の同級生に会ってみたいというのと、現在のA子がどんな感じになっているのか見てみたいからだ。
それに、容姿的にも思考的にも、当時もしくは若者の感覚をかろうじてまだ覚えている、なんとか体現できるギリギリの年齢であるから、普段人が集まるところが苦手な俺でもこれだけは行かないと後悔するなと思った。


かくしてその年が明けた1月に地元に近い場所で同窓オフ会が開催されることになった。
A子も来るみたいだった。

当初、酒好き飲み会好きのもくる予定であったが、直前に急の仕事でこれなくなり、出席予定者リストを見てみるとほとんどの奴が中学もしくは高校時代、つまり20代以降会ったことも話したこともない奴らだったので(俺は成人式に出席していないからなおさら)、唯一話せる奴のアテが外れてしまい、場がもつのだろうかと楽しみ半面不安が込上げてくるのであった。

(つづく)



【2014/09/03 18:42】 | その他
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彼が改札を出てこちらに向かってきた。

この駅はちょっとしたターミナル駅で、改札から一度に吐き出される人の数も多ければ改札の外のキップ売り場前などで待ち合わせ待ちをしている人の数もかなりのものである。

また彼には最近の俺の顔を知られていないため、つまり20歳の頃の俺の顔を思い浮かべながら来ているので、むこうから俺に気づいて「おお!」みたいなことにはなりづらく、まあすでに俺が彼の存在を認知してしまっているので、おのずと俺の方から声を掛けるかたちにならざるをえない。

そして彼がキョロキョロしながら接近してきたところで「おお!お久しぶり!」と声を掛けた。

俺は笑顔で声を掛けたつもりだったが、彼の反応は16年振りの反応にしては薄いように思えた。

よくある親しかった人物との再会シーンとしては、目を大きく見開いた驚き笑顔みたいな表情で「「おお!お久しぶり!」みたいなのを想像するが、俺としてはちょっと拍子抜けするほど普通の反応だった。

まあ久しぶりに会ったからといってはしゃぐような歳でもないし、親友という仲であったかというとそうでもなければ普通の友達としての付き合いがあったのかといえばそうでもなかったので、彼にしてみれば俺に16年振りに再会したところで別段満面の笑みをするほど嬉しいことでもなかったのかもしれない。

そして彼は「全然変わらないねえ」と言ってくれた。
確かに体型的には16年前とほとんど変わってはいないが、まあ社交辞令だろう。
彼はそういうところ、大人社会の会話術みたいなものをなぜか中学時代から体得していた。

俺も「キミも変わらないねえ」と返したいところだが、日村に変わり果てた姿を目の前にして「キミも変わらないねえ」などと言うのは白々し過ぎるし、「キミも雰囲気は変わらないね」とか言えばよかったのかもしれないがあまりにも変わり果ててしまっていたため、なにを言っても焼け石に水というか、むしろそこをツッコまなくては逆に失礼なんじゃないかとまで思い、結局そのまま「キミは変わったねw」と言ってしまった。

彼もそんなことは言われ慣れているらしく、「10何年も経てば変わるさ」とさらりと言っていたが、俺が驚いたのはその容姿だけではなく、声までもかなり変わっていた。

中学以来なら声が変わっていてもそう不思議には思わないが、男の場合、20歳の頃の声が30代半ばくらいでそんなに変わるとは思えないし、他の友人なんかの声を聴いてもそれほど変わったという感じはない。

でも彼はまるで別人じゃないかというくらい声が変わっており(おそらく太ったからだと思われる)、体型も別人になっており、顔は老けて太ればそれだけでだいぶ変わるわけで、トータル的に見ればやはり別人であり、昔の俺のことをなぜか知っている見知らぬオッサンがそこにいる、という感じであった。

しかしスタンスがどうのと面倒なことを考えていたが、容姿は違えど会ってみれば結局自動的に中学時代のスタンスのままになってしまうのだなあ、と思った。

出会ってから店に行くまでの間、たわいもない話をしながら向かうわけだが、こう話していればなるほどやはり奴なのであるが、その別人の声を聞きながら奴の姿を見ると俺の知っている奴ではなく、なにか倒錯的な感覚に陥った。

彼の馴染みの店に着く。ビールと適当なつまみを注文し、乾杯する。
そして彼はすかさず名刺を出してきた。
名刺には俺の知っているそのチェーン店の名前と彼の名前、そしてそこには「人事課 〇長」と書かれていた。

同級生の友達を介して、数年前から彼はこのチェーン店の店長をやっているというのは知っていたが、どうやら何店舗か店長を歴任した末、人事課の中間管理職になったらしかった。

俺も名刺を持っていれば出したいところだが、トラック運転手なのでそんなものはない。
「ああどうも、俺は持ってないけど」と言った。
「ああ、いいよ」と彼が言う。
そしてその流れのまま、「今どんな仕事してるの?」という当然の流れになった。
「〇〇関係の仕事をしているよ」と言った。トラックの運転手をしているとは言わなかった。
あとは大学時代の話をチョロっとして、その後のほとんどは中学時代の思い出話となった。

その店で飲んだあとさらにもう1軒行き、彼は酒呑みであり俺もそこそこ強い方だと思っていたが彼には負けた。
飲むスピード、ペースがかなり早く、2軒目に着いた時点で俺はもうとっくに出来上がっており、しかしここで飲まないわけにはいかず、久々に酔い醒ましのウーロン茶を挟みつつもこの店で酒を2,3杯飲んだ。
帰りはもうベロンベロンだった。

しかしまあ、案外けっこう疲れた。
同級生とはいえそんなに仲が良かったわけでもなく、つまりお互いなにかで合致するようなところがあったわけではないので、それほど話すこともなく、かといって16年振りとかで会って早々にネタ切れとかいうわけにもいかないので、次なにをしゃべろう、どの話題を振ろうかと、常にプレッシャーを感じながら俺なりに気を遣いながら飲んでいた。

意外に彼があまりしゃべってこないので、多くは俺が話題を振るというかたちになった。
彼は彼で俺にどんな話をしたらいいのかと、顔には出ないが戸惑っていたのかもしれない。
まあどこか得体の知れないこんな俺だし、それはそれでしょうがないのだろう。

でもこの日の出来事はなかなか面白く、ちょっと不思議な体験だった。
知人と16年振りに再会して飲むなど今までに経験したことがないので、その最初に会ったときの違和感というか、倒錯的な感覚というのがその後2,3日続いた。
中学時代の3年間ほぼ毎日といっていいくらい顔を見てきた彼の姿をインプットした脳は、その16年も後のたかだか数時間の彼の姿を容認・変換することは容易ではないらしく、この日駅で彼に会ってから飲んで別れるまでを思い出そうとすると、そこにいるのは若かりし頃の彼であり、再生される声もやはり当時の彼の声であった。



【2013/01/12 04:40】 | 日常
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記事かいてください!いつも楽しみに読んでいます



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文章がうまいですね


べろんちょ
おもしろいですね!

僕も最近ナンパしてみたいと思っているのですが酒に酔わないとできません。
孤独地獄男さんは何人も声かけててすごいです。


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facebookを始めて間もなく中学時代に同じ部活だった奴を見つけたのでこちらからメールを送って繋がり、彼とは高校は別々で中学卒業以来ほとんど会う機会もなく、最後にたまたま駅かなんかで会ったのが20歳の時だから実に16年振りになるが、今度近いうちに飲みましょうってことになった。

こいつがどういう奴かというと、まずイケメンとか女垂らしとかチャラいとか路上ナンパをするような奴ではない。かといってオタクとか暗い奴でもなく、暗いか明るいかでいえば明るい方に分類され、かといってひょうきん者とかお調子者とかそういうタイプでもなく、中学時代から容姿と考え方、しゃべり方がどことなく老けており、でも男女関係なく分け隔てなくよくしゃべり、それでいて憎めないような性格・容姿からか多くの女が警戒しない感じで彼とは気さくな関係であることが多く(かといって決してモテてた感じはなかったが)、またコミュニケーション能力はこちらも中学時代から老けていた(若者言葉などほとんど使わない)、言い換えれば大人びていた、長けていたともいえる。

彼は俺とは違い中学時代の性格・人格通り、堅実にこれまでの人生を歩み、俺よりいい高校へ行き、俺よりいい大学に行き、浪人や留年などすることなくある中小チェーン店に入社し、そのままそこで10年以上働いて現在に至る。

彼は現在も地元に住んでいた。地元といっても今俺が住んでいるところからそう遠いところではないので、その中間あたりで待ち合わせて飲むことになった。


その当日。16年振りということで若干緊張していた。
彼は当時どちらかといえば痩せ型の方だったと思うが、噂によれば現在は当時の面影もないほどに太っており、俺もfacebookで彼の写真を見たがまあよく肥えていた。
顔や髪型はそう変化はなかった。

なにを話そうかと思った。16年振りであるうえに、当時特別仲が良かったという関係でもなかった。
ただ部活が同じであり、クラスも同じになったことがあったりと彼と顔を会わす機会が多くおのずと話す機会もそれなりにあったという関係だった。

当然今どんな仕事をやっているのかという話にはなるし、あとは同級生の共通点である当時の思い出話や共通の同級生の話題などでなんとか繋いでいけるだろう。

こういう場合、多くの人はお互いの仕事の話なんかでひと盛り上がりできるのだろうが、トラックの運転手では話の盛り上げようがない。というより言いたくない。こういうところで俺という人間は嫌な奴だなあとつくづく思う。人間性でいえば間違いなく下層部だ。
まあそれは置いておいて、とにかく会うことになった。

梅雨入り直前のちょっと蒸し暑い日だった。待ち合わせ場所に俺が先に着き数分遅れていくつかある改札に吸い込まれてくる群集の中に彼を見つけた。

若干衝撃を受けた。彼は想像以上に肥えており、また中年化していた。
ベフォーアフターの度合いで言えば、バナナマンの日村やTKOの木下くらい(彼らも若かりし頃は痩せていた)の落差があった。

こうして待ち合わせていなければ俺からはまず気づくことがなかっただろう。
普通のメタボのオッサンがそこに存在するとしか思わない。
ちょっと出鼻をくじかれたというか、どう対応していいものかと逡巡してしまった。

俺は外見は他人から見れば立派に30代半ばであるのに、多くの長年のニート生活者がそうであるように中身が伴っていなくて、あるいはコミュニケーション能力も歳相応の大人に成りきれておらず、それらは自分でも重々承知していながら歳を重ねようとも成長できず、つまりはオッサンになったオッサンになったとグチっておきながら肝心の中身は全然オッサンになりきれておらず、とどのつまりは精神年齢が低く、自分では20代中盤あたりくらいなんじゃないかなあと思っている。

そんな俺が、奴は確かにあの同級生なのだとわかってはいても、実際目の前にいるのは恰幅のいい立派な中年のオヤジであり、その対応として中学時代のままいったらいいものかそもそも中学時代どんな接し方だったのか、いやそれじゃあまりにも大人気ない、もしくは失敬にあたるからもっと大人な振る舞いでいったらいいのか、しかし最初そういう関係から始めるとどこかぎこちなくなって、そこからフランクな関係にもっていくのがしんどいのではないか・・・など、彼が群集に混ざって改札を出て俺の存在に気づくまでの間に、彼に対する俺のスタンスをどのあたりにもっていってやったらいいのか早急に確立しておかなければならなかった。

(つづく)



【2013/01/06 18:17】 | 日常
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